のならさっさと話しかけてくれたらどうだね」
 相手に通ずるという自信はなかったが、かねてカビ博士から教わっていたところもあるので、思いきって普通のことばで話しかけてみた。
 或る程度のききめはあったようだ。僕が話しかけると同時に、怪物群は一せいに動きまわるのを中止して、僕の方へ頭部をつきだすようにしたからだ。
「もしもし、トロ族君たち。話は早いところきまりをつけようじゃないか」
「それはこっちも望《のぞ》むところだ」
 奇妙な声が、僕に答えた。それはすりきれた音盤《おんばん》にするどい金属針をつっこんで無理にまわしたときに出るゆがんだきいきい声だった。
「よろしい。君たちはいったい何を希望するのかね、われわれ人類に対して……」
「へんなことをいっては困る。われわれも人類だよ。君たちだけが人類じゃない」
 返事とともに怪物群は、一せいに頭部《とうぶ》をゆすぶって奇声《きせい》を放った。それはあざけりの笑い声のようにひびいた。
「僕には信じられない。ほんとうに君たちも人類であるなら、ちゃんと姿をあらわしたがいいではないか。そんな揚げない前の天ぷらみたいな恰好で僕の前に立っていて、おかしいではないか」
 鋸《のこぎり》の目たて大会のように、きいきい声がはげしくおこった。が、そのうち別の声がすると、きいきい声はぴたりとしずまった。
「ではヤマ族君」と相手の声がいった。
「われわれは姿を見せるであろう。今まで姿を見せなかったのは、一つには防衛のためであり、また一つには君たち劣等《れっとう》な人類がわれわれを見て、気が変になるような事があっては困ると思ったからだ」
 劣等な人類――とは、何事であるかと、僕は少々むかむかしたが、それはおさえた。誰が気が変になんかなるものか。
「御念《ごねん》の入ったごあいさつです。気が変になんかなりませんから、早く素顔《すがお》と素顔とをつきあわせましょう」
 そういってしまってから、僕はしまったと思った。なぜなれば、こっちは潜水兜《せんすいかぶと》なんかをからだにつけているのだ。これをとって素顔を見せたりすると、たちまちあっぷあっぷで土左衛門《どざえもん》と変名しなくてはならない。
 そのときであった。僕はおどろきのあまり息がとまった。
 見よ、一せいにトロ族が姿をあらわした。例の背の高い土饅頭《どまんじゅう》みたいなものが、とろとろと下にとけおちると、そのあとに残ったのは僕の二倍ほどの背丈の、ふしぎな顔をした人間に似た動物であった。
 彼等の全身はまっ白で、肉付のわるい方ではなかった。
 その顔は、頸のところがなくて肩の上にすぐついていた。いや頸がなくなって、肩とあまりちがわない幅《はば》をもっていたという方がいいかもしれない。頭部に全然毛はなく、丸い兜《かぶと》のような形をしていた。額はせまく、目はすこぶる大きくて、顔からとび出していた。そして両眼の間はかなりはなれ、別なことばでいうと、目は顔の側面の方へ大分移動していた。
 鼻はあるかなしかで低かった。そのかわり口吻《こうふん》はふくらんで大きく前に伸び、唇はとがっていた。あごは逞《たくま》しくふくれていた。
 腕は短く、手はひろがって鰭《ひれ》のようであった。脚は太くて長かったが、足首のあたりから先は、やはり尾鰭《おひれ》のような形をしていた。鰭らしいものが、背中と、胸と腹の境目とにもつづいていた。乳房のある者と、それのない者と両方がいた。
 大ざっぱに彼等の身体つきについて感じを述べると、たしかに人間らしくはあるが、多分に魚の特徴を備《そな》えていた。しかし人魚というほどではなく、それよりもずっと人間に近い。とにかく、こんな奇妙な相手の身体と知っていたら、もうすこし正体をあらわすのを待ってもらった方がよかったとも思う。
「どうだね、君、気はたしかかね」
 僕の前にいた一きわ大きい魚人《ぎょじん》が、そういって、口からあぶくをふいた。


   海底の下


「大丈夫ですよ。君たちの姿を見て気が変になるなんて、そんな気の弱い者じゃない」
 僕はトロ族たちに、そういった。
「ふうん、どうかなあ。君たちヤマ族は、よく嘘《うそ》をつくからね」
 魚人《ぎょじん》がいった。
「さあ、そんなことより、話をつけよう。一体君たちトロ族は、われわれに対して何を希望するのかね。僕は出来るだけ、君たちの希望がとげられるように努力するつもりだ」
 僕は早く交渉を切上げてしまいたいと思ったので、その話を始めた。
「よろしい。われわれの不満を君に聞いてもらう――近来、君たちヤマ族の海中侵入《かいちゅうしんにゅう》はひどいではないか。われわれトロ族としては甚《はなは》だ不安である。前以《まえも》ってあいさつもなしに、どんどん海底まで侵入してくるとは、よろしくないではないか」

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