ことだが、おれはさびしいや」
「全くこの辺は物騒ですから、気をおつけなさい」
 刑事が行ってしまうと、貫一は、
「おれがピストルを持てば天下無敵だと思っていたが、その腕前ももう怪《あや》し気《げ》なもんだ」と歎息した。
 仏像を背負って出て来た貫一を、やはり前四夜と同じように遠方から見咎《みとが》めて駆付けて来る縞馬姿の刑事! 貫一はピストルを握って、刑事の首に覘いをつけた。今夜は思い切って刑事の首を飛ばしてやろうと考えたのだ。
 だが彼はその寸前に思い停って、もう一度右腕を覘って、一発ぶっ放した。すると刑事は蝙蝠のような恰好をしてとび上ったと思うとその場にぱったり倒れた。彼の右腕は、彼の身体から二メートルも離れたところに転がっていた。
 貫一は、傷つける刑事の傍に寄った。刑事は虫の息だった。貫一は、むらむらとして、ピストルを取直すと、刑事の心臓に覘いをつけた。……が、間もなく彼は周章《あわ》ててピストルを持った手をだらりと下げた。
「……おれが二発目を発射するような気になるなんて、もう焼きが廻ったんだ。ピストルも、今夜かぎり、お別れだ」
 そういうと貫一は、ピストルを空高く投げた。やがて森かげの池の水が、ぽちゃんと鳴って、貫一無念のピストルを呑《の》んだ。

 五体の秘仏の前で、一心発願した的矢貫一が、お志万と結婚の式をあげた。
 烏啼も大よろこび、お志万はいうに及ばず貫一も今は万更《まんざら》ではない面持で、お志万の手を握って放さなかった。
 眷族《けんぞく》や仲間が百名ちかく集っての盛大な酒宴が開かれ、盃は新郎新婦へ矢のようにとんだ。
 宴の半ばに二人連れの客が、新郎の前にぴたりと座った。貫一はその客を見て愕いた。一人は猫背に黒眼鏡の、有名な探偵袋猫々であったし、もう一人は縞馬服の例の刑事であったから。
「わっはっはっ」と、貫一の横に座っていた烏啼が大きく笑った。
「貫一。このお二人さんによくお礼を申上げな。これはお前たちの大恩人だからね」
「この幽霊め、また今夜も出て来たか」
「おい、そんなことをいってはいけない。この方は、袋猫々先生が特に探して来て下すった福の神で、実はこの方は、戦争で両腕両脚をなくされて、手足四本とも義手義足をはめられていられる方なんだ。いいかね、そこでお前は思い当ることがあるだろう」
「おお……」
「義手や義足をピストルで撃ってみても、
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