ヲ本日午後十時マデニ報告シ得ザルトキハ、在京《ざいきょう》同志ハ悉《ことごと》ク明朝《みょうちょう》ヲ待タズシテ鏖殺《おうさつ》セラルルコトヲ銘記《めいき》セヨ。
[#ここで罫囲み終わり]
「死線《しせん》は近づいたぞ」
「かねて探していた敵の副司令が判ったというわけだな」
「ウン、義眼を入れたレビュー・ガールとは、うまく化けやがった」
「だが間諜座へ入ることは、地獄の門をくぐるのと同じことだ。固くなったり、驚いたりして発見されまいぞ」
「あのなかは敵の密偵《みってい》で一杯なんだろうな」
「毎夜、観客の中に百人近くの密偵が交《まじ》っているということだ。そして何か秘密の方法で、舞台上《ぶたいうえ》の首領と通信をしているそうだ」
「首領よりか副司令のあの小娘《こむすめ》が恐ろしいのか」
「そうだ。あの小娘は悪魔の生れ代りだ」
「するとあの副司令を今夜のうちに、こっちの手でやッつける手筈《てはず》になったんだな」
「ウン。――どうしてやッつけるかは知らないが、副司令のやつ、義眼を入れてレビュー・ガールに化けているてぇことを、嗅《か》ぎつけられたが運の尽《つ》きだよ。おお、もう五時半だ。あといくらも時間が無いぞ。さア出発だ」
弦吾は腰をあげた。
「おっと待ちな、冷《つめた》いながら酒がある。別れの盃《さかずき》と行こう」
同志帆立は、押入の隅から壜詰を取出した。汚れたコップに、黄色い酒がなみなみとつがれた。
カチャリ、カチャリ。
「地獄で会おうぜ」
「世話になったな」
4
部屋を出ようとするときだった。
ブ、ブ、ブブー。
卓子《テーブル》の裏に取付けたブザーが鳴った。
「ほい。XB4が呼んでいるッ」
弦吾は室内に引返した。壁をポンと開くと嵌《は》めこんだような超短波《ちょうたんぱ》の電話機があった。
「QX30[#「30」は縦中横]だ」
「こっちは、XB4だ」と電話機の彼方《かなた》で小さい声がした「報告があったぞ、いよいよ動員指令が下《くだ》ったそうだな」
「ウン」
「ところで注意を一つ餞別《はなむけ》にする」
「ほほう。ありがとう」
「あの間諜座ね『魚眼《ぎょがん》レンズ』のついた撮影機で、観客一同の顔つきが何時《いつ》でも自由自在にとれるんだそうだ。ぬかりはあるまいが、顔色を変えたり、変にキョロキョロしちゃいかん。皆の笑うところでは笑い、皆が澄《す》ましているときには澄ましていなくちゃいかん。いいかね」
「魚眼レンズを使っているのか? よおし、油断《ゆだん》はしないぞ」
「義眼を入れたレビュー・ガールの名前をつきとめるんだって、誰にも尋《たず》ねちゃ駄目だぞ。敵の密偵《みってい》は巧妙に化けている。立《た》ち処《どころ》に殺されちまうぞ」
「ウン、誰にもきかんで、見付けちまおう」
「見付ける方策《ほうさく》が立っているのか」
「うんにゃ、そういうわけでもないが、プログラムを探偵すれば、何々子という名前がきっと判るよ」
「それで安心した。じゃ別れるぞ。しっかりやれ、同志QX30[#「30」は縦中横]!」
「親切有難うよ」
魚眼レンズで観客全部の顔色を覗《のぞ》いているッて――ちえッ、そんなものに引懸《ひっかけ》られて堪《たま》るものかい!
5
間諜座《かんちょうざ》とは、敵の密偵の夜会場《やかいじょう》なんだから、そういう名で仲間は呼んでいるのだ。本当の座名はディ・ヴァンピエル座!
ディ・ヴァンピエル座第9回公演――と旗が出ている間諜座の前だ。R区は、いつもと、些《ちっ》とも変らぬ雑沓《ざっとう》だった。
しばらくウィンドーの裸ダンスの写真を、涎《よだれ》を垂《た》らさんばかりの顔つきで眺めて――
「さア、お前はどこに決めるんだ」
「俺は断然、この丸花《まるはな》一座を観る」
「じゃ俺もそう決めた。……いいよいいよ、今夜は俺が払うから、委《まか》しとけ」
「イヤ駄目だい。今夜は俺に払わせろ」
「いいんだよオ」
「いけないよォ」
頗《すこぶ》る手際《てぎわ》よく、だらしなくグニャグニャと縺《もつ》れ合《あ》いながら弦吾と同志帆立はプログラム片手にひッつかんだ儘《まま》、嬉しそうに入っていった――だが一皮下は、棒を呑《の》んでいるような気持だった。
明るい舞台では、コメディ「砂丘の家」が始まっていた。
流石《さすが》にカブリツキは遠慮《えんりょ》して、中央の席に坐る。
舞台は花のように賑《にぎや》かだった。
だが、それに引きかえ、観客席のQX30[#「30」は縦中横]は、面《おもて》こそ作り笑いに紛《まぎ》らせているが、胸の裡《うち》は鉛《なまり》を呑んだように憂欝《ゆううつ》に閉《と》ざされていた。そのわけは彼の手に握られたプログラムにあった。
この複雑きわま
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