ビジョンでのぞいてみたが、まったくそのとおりだ。
「正楕円体の雲なんてあるかなあ」
と、帆村は首をひねったが、そのとき彼は電気にふれたように、座席からとびあがって、山岸中尉の肩をつかんだ。
「山岸中尉。わかったですぞ。あの楕円体こそ、いわゆる『魔の空間』です。一号艇はたった今、『魔の空間』にとじこめられたのです」
叫びながら、楕円体を指す帆村の目は、赤く血走っていた。
異変と戦う
成層圏も、高度二万七千メートルになると、いやにすごくなる。まるで月光の下の墓場を見る感じだ。いや、それ以上だ。
いまはまだ昼間だというのに、空はすっかり光を失って、漆《うるし》のように黒くぬりつぶされている。ただ光るものは、ダイヤモンドをまきちらしたような無数の星、それとならんで冷たく光っている銀盆のような衰えた太陽が見えるばかり。この荒涼たる成層圏風景を、うっかり永くながめていようものなら、そのうちに頭がへんになってくる。
そういう折しも、指揮官望月大尉ののった彗星一号艇が奇怪なる消失。あれよあれよといううちに、白く光る廻転楕円体の雲の中に包まれて、見えなくなったそのふしぎさ。なぜといって、高度二万七千メートルの成層圏には水蒸気は存在しないから、雲がある道理がないのだ。しかるに帆村荘六も、山岸中尉もともにはっきりと白い雲を見たのである。けっして見まちがいではないのだ。うち重なる成層圏の怪異。この怪異をとく鍵はどこにあるのか。
彗星一号艇を包んでしまったあやしい形の雲、あの雲こそ「魔の空間」だと帆村荘六は叫んで、山岸中尉に注意をしたが、これは鍵ではない。鍵のはいっている箱かもしれないという程度である。けっきょく「魔の空間」とはどんなものか、それがわからなければ、この謎はとけはじめないだろう。戦う彗星部隊は、高度飛行のくるしさの上に、こうした頭脳のくるしさまでが重々しくのしかかっているのだ。
「電信員」
山岸中尉の声が、爆発したように聞えた。
「はい」
弟の山岸少年は、元気な声をはりあげて、兄にこたえた。
「無電をうて、平文《ひらぶん》で急げ」
中尉は急いでいる。無理もない。帆村は目を近づく楕円雲に、耳を山岸中尉の声に使いわけて緊張の頂点にある。
「宛《アテ》、左倉班長。本文。高度二万七千、一号艇廻転楕円体ノ白雲内ニ消ユ、ワレ、ソノ雲ニ突進セントス、オワリ」
電文は簡単である。だが簡単な中に、ひじょうにすごい響きがある。山岸少年は、電文を復誦《ふくしょう》した。一字もまちがいはない。中尉が「よし」というのを聞いて、ただちに電鍵《でんけん》をたたきはじめる。さっき中尉から命令をうけると、すぐさま少年は送電機のスイッチを入れて、真空管に点火し、右手の指は電鍵の上に軽くおいて、いつでも打てるように用意をして待っていたのだ。電文は地上指揮所にとどいて、すぐさま同じ文句を地上からうちかえしてきた。
だが、どうしたものか、その無電は途中でぷつんと切れてしまった。そして山岸少年の耳にかけた受話器に、七色の笛のようなうなり音がはいってきた。
「機長、地上からの送信に、異状がおこりました」
と、山岸少年は、すばやくその異状を機長にとどけ出た。
山岸少年は、兄の返事を聞くことができなかった。そのとき事態はひじょうに迫っていたのである。いつどこからわき出したか、白い雲がかなり早い速さでするすると拡《ひろが》って、早くも二号艇を半分ばかり包んでしまったのだ。山岸中尉は、すべての注意力をそっちへそそいでいた。彼はその雲に包まれまいとして、あらゆる努力をこころみた。まだその雲ののび切っていない方向へ全速力でとばせた。が、白い雲は意地わるく、右から左から、また上から下からと、白いゴム布をのばしたようにのびていった。しかもそののび方が一点をめがけてのびていくように見える。残された出口ともいうべき暗黒の空が、見る見るうちに狭くなっていくのだ。
奇妙にも、その残された黒い空は円形をなしていた。その円の広さがだんだんに狭くなっていくのだ。晴天に大きな蛇《じゃ》の目《め》傘をひろげたようであったのが、ずんずん小さくなって、黒い丸い窓のように見えるまで狭くなり、やがて黒い目玉ほどになった。
「うむ、ちく生」
山岸中尉が、彼に似合わぬきたないことばを吐いた。よほど癪《しゃく》にさわったとみえる。艇は黒い目玉めがけて突進していったが、やっぱり間にあわなかった。ついにその小さい黒い目玉も消えてなくなり、前は一面に白い雲でおおわれてしまった。艇はいまやすっかり怪雲に包まれてしまったのだ。一号艇を救い出そうとして、その後を追った二号艇であったが、いくばくもなくして、自らも同じ運命におちこんでしまったのであった。
だが、山岸中尉は、まだ希望をすててはいなかった。た
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