が、それから四五日たった後に、急に向こうからやって来たのである。
 それはある夜ふけて帆村の家へ、電話がかかって来たのである。電話口へ出てみると、相手は意外にも山岸中尉であった。
「どうしたのですか、今頃……」
 と、帆村が聞くと、中尉はいつもとは違った硬い様子で、
「ご迷惑でしょうが、すぐあなたお一人で、隊へ来ていただきたいのです。こっちに重大事件が起ったのです。電話ですから、詳しくお話しできませんが、あなたも知っておられる竜造寺兵曹長が、成層圏飛行中に行方不明となってしまったのです。しかも非常にふしぎな文句の無電を私のところへ送って来て、その直後に連絡がぱったり切れてしまったのです。それについてぜひともあなたのお力を拝借したい。どうかすぐ隊へ来て下さい。なおこの事件は絶対に秘密ですから、ご承知置き下さい。私は寝ないであなたを待っています」
 受話器を掛けると、帆村はこういう時の仕事をするために用意しておいた鞄《かばん》を、壁から外して肩にかけると、急ぎ家をとび出した。
 いったい、竜造寺兵曹長はどうしたというのであろうか。山岸中尉の電話によると、普通の飛行事故ではないらしい。
 どうしたのであろうか。暗闇の街路を向かって駆けて行く帆村の頭の中を、例の緑色の怪物の幻影が、電光のように閃《ひらめ》いて消えた。

   切れた無電報告

 帆村は自動車を操縦して、深夜の街道を全速力で走った。
 航空隊についたときは、もう翌日の午前一時になっていた。門をくぐって、衛兵に来意をつげると、衛兵は山岸中尉から連絡されていると見え、すぐ案内してくれた。
「やあ、よく来てくれましたね」
 山岸中尉は、いつもとはちがい、すこし青ざめた顔によろこびの色をうかべて、帆村を迎えた。中尉は、さっきから竜造寺兵曹長の行方不明事件で、心をいためていたらしい。
「いったいどうしたのですか」
「いや、まあ、部屋で話しましょう」
 山岸中尉は廊下を先に立って案内し、隊付《たいつき》という名札のかかっている自室へ、帆村をみちびき入れた。
 部屋の中は広くないが、寝台が一つ置いてあり、机が一つ、衣服箱が一つ、壁には軍刀がかかっていた。あとは椅子が三つ四つあるばかりで、すこぶる簡素で気持がよかった。
 扉をたたく者があった。「おい」と、中尉が返事をすると、従兵がはいって来た。帆村にていねいに礼をしたうえで、机の上に菓子の袋と、土瓶《どびん》と、湯呑茶碗とを置いた。
「もう用はない。寝てくれ」
 中尉は従兵へ、やさしい瞳《ひとみ》を送る。
 従兵が出ていくと、この部屋には山岸中尉と帆村の二人きりとなった。
「いったいどうしたのですか」
 と、帆村がもう一度同じことをいった。
「やあ、まったく困ってしまったんです。本日午前七時、竜造寺兵曹長は、成層圏機に乗ってここを出発しました。命令によると、兵曹長は高度二万五千メートルまで上昇することになっていました。なお余裕があれば三万メートルまでいってもよいことになっていました……」
 成層圏のいちばん低いところは一万メートルである。それから上へ約四万五千メートル、つまり高さ五万五千メートルまでが成層圏とよばれるのだ。竜造寺兵曹長のめざしていったのはちょうどこの半分くらいの高さだった。
「飛行の間、地上とは定時連絡をしていました。私は地上の指揮をしていましたから、兵曹長からの無電はみんな聞いていました。午前十一時に、ついに二万五千メートルに達し、それから三万メートルをめざして、再び上昇をしていったのですが、飛行機の調子は非常によいといって喜んでいました。ところが、午前十一時四十分になって、とつぜん兵曹長との無電連絡がとまってしまいました」
 山岸中尉の眉《まゆ》がぴくぴくとうごく。
「地上からいくら呼出しても、上では兵曹長が出てこないのです。上からの電波もまったく出ていません。無電に故障を生じたのかなと思いました」
「なるほど」
「ところが、それから十五分ほどたった午前十一時五十五分になって、こんどはとつぜん兵曹長からの無電です。それが非常に急いでいるようでして、こっちからの応答信号を受けようともせず、いきなり本文をうってきたのです。その文句がこれですが、まあ読んでみてください」
 話を聞いているうちに、ぞくぞく身のけがよだつような気持になってきた帆村は、中尉から渡された受信紙の上に目をおとすと、それは鉛筆の走り書きで、片仮名がかいてあり、その横に漢字をあてて書きそえてあった。
“……高度二万八千メートルニ達セシトコロ、突然|轟音《ゴウオン》トトモニハゲシキ震動ヲ受ケ、異状ニ突入セリ、噴射機関等ニマッタク異状ナキニモカカワラズ、速度計ハ零《レイ》ヲ指シ、舵器《ダキ》マタキカズ、ソレニ続キ高度計ノ指針ハ急ニ自然ニ下リテ、ホトンド零ニ
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