「さあ、わかりません」
「相当重いね」
博士は手袋をはめてから、そのねじの頭のようなものを掌《てのひら》の上にのせて重さをためしてみたのだ。手袋をはめたのは、その品物の上に指紋がついていた場合、それを乱さない心づかいであった。
「はい、重いです。金属らしいですね。これは、分析してみないとわかりませんが、例の緑色の怪物の体から、もぎとられた一部分のように思うのです」
「さあ、どうかなあ。坑道に前から落ちていたものじゃないかな。銅が錆《さ》びると、こんな風に緑色になるよ」
「それは緑青《ろくしょう》のことです。しかしこれは緑青ではありません。それに、鉱山でつかっているもので、こんな色をした、こんな形のものはありません」
帆村は自信をもっていった。
「すると君は、これがたしかに例の怪物の体の一部だというのかね」
「分析してみた上でないとわかりません」
「そうか、とにかくこれはこっちへ預っておこう。大した証拠物件ではないが、また何かの参考になるかもしれん」
そういって室戸博士は、それを紙に包んで、自分のポケットに入れようとした。
「待って下さい。たいした物件でないというお考えなら、私のところへおかえし願いたいのです」
博士は、いやな顔をして、紙包を帆村の方へ放り出した。
「君にいっておくが、われわれの許可なくして、事件に関係のあるものを私有することはやめてもらいたい」
「はあ」
博士は児玉法学士の方へふりかえって、
「分署の者に命じて、坑道の入口から底に至るまで、もう一度よく探させるように。そして変った物があったら、一つところへ集めておかせるんだ。せっかくの証拠物などを他の者に荒されたんでは、わたしたちは大迷惑だからな。場合によっては、職権妨害罪をあてはめることも出来るんだが、そんなことはあまりしたくないし……」
室戸博士の言葉には、帆村に対して意地わるい響を持っていた。鉱山の者や、調査隊の者には、それがよく響いたが、当の帆村荘六はいっこう響かないらしく、彼はそのとおりだという風に軽く肯《うなず》いていた。
「そうそう、君に聞いておきたいことがあった。帆村君、君は例の怪漢のことを、人間と思っていないという話だが、本当かね」
と訊く室戸博士は、ある昂奮を圧《お》し隠《かく》しているように見えた。
「は。それはまだはっきりといいきれませんが、私は地球人類ではないと思っています」
「ほほう。地球人類ではないというと、それは何かね。人間でないものというと、常識では解けないじゃないか」
「それがはっきり解けると、この事件もたちどころに解決するのですが、まだわかりません。しかし人間でないということだけは言い切れます」
「なぜ」
「そうではありませんか。心臓のとまっていたのが、やがて地上へ移すと動きだした。これは人間にはないことです。目が三つある。これも人間ではない。岩の上を走っていって、竹蜻蛉《たけとんぼ》のようにきりきり廻った。と、その姿が急に見えなくなった。これは児玉法学士が見たのですから間違いなしです。これも人間業《にんげんわざ》ではありません」
「そうは思わないね。まず心臓の件だが、あれは始め診察したとき心臓のまだ微《かす》かに動いているのを聴きおとしたのだ。第二に、竹蜻蛉のように廻ることは、舞踊でもやることで、ふしぎなことではない。第三に、見ているうちに姿を消したというが、あれは児玉法学士の目のあやまりだよ」
室戸博士は、三つとも否定した。
「いや博士。僕は見誤りなんかしませんです。たしかに怪物の姿が、まるで水蒸気が消えるように消えてしまったのです」
いつの間にか、そこへ帰って来ていた児玉法学士が弁明した。
「児玉君。まあ、君は黙っていたまえ。とにかく帆村君、君が変なことをいいふらすものだから、この村の善良な人たちは非常におびえているよ。注意したまえ」
室戸博士は、叩きつけるようにいうと、席を立って向うへ行ってしまった。
宇宙戦争の共鳴者
帆村荘六に対するよくない評判が、だんだんとこの村にも、隣村にも強くなっていった。室戸博士は、その旗頭《はたがしら》のようなものであった。鉱山でも、帆村をよくいわない人達がふえた。
だが、それと反対に、帆村荘六に非常に親しみを持ち始めた者もあった。少数ではあったが……。その一人は児玉法学士であった。あとの一人は、山岸少年の兄の山岸中尉であった。
児玉法学士は、例の怪物が水蒸気のように消え去るところを目撃した、貴重な人物であるが、室戸博士はそれを信じてくれない。しかるに帆村荘六だけは、たいへんに真面目《まじめ》に、その話を聞いてくれ、そしてそれは貴重な資料だとほめてくれるのである。そこで児玉法学士は、帆村荘六が好きになったが、その他《ほか》見ていると、帆村の熱心なこと
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