手はピストルを撃つのをやめて、また追いかけた。
その坂が見下せるところまで、時間でいってわずか五分ばかりのところだった。そこへまっ先にのぼりついたのは、助手の児玉という法学士だった。彼は坂の下に、天幕が立ち停っているのを発見した。それを見たとき、彼の足はすくんで動かなくなった。怪しい天幕が、彼に戦《たたかい》をいどんでいるように見えたからである。
ようやく後から来た助手たちも追いついた。そこで若い連中は勢《いきおい》をもりかえし、
「それ行け。今のうちだ」
と、大勢で突撃して行った。
天幕は、一本の松の木にひっかかり、風に吹かれてゆらゆら動いていた。だが、目ざす緑色の怪物の姿は、どこにもなかった。
「どこへ行った。あの青とかげの化物は……」
皆はそこら中を探しまわった。しかし緑色の怪物は、どこにも見えなかった。
「見えないね。どこへ行ったろう」
ふしぎなことである。たしかに天幕をかぶったままで走って、ここまで来たに違いないのに……。
「あっ、あそこだ。あそこにいる」
児玉法学士が、するどい声で叫んで、右手を前方へのばした。
「えっ、いたか。どこだ」
「あの岩の上だ。あっ、見えなくなった。ふしぎだなあ」
「ええっ、ほんとうか。どこだい」
児玉法学士の指さす方に、たしかに裸岩が一つあった。しかし怪物の姿は見えなかった。後からかけつけた連中は、児玉がほんとうに岩の上に怪物の姿を見たのかどうかを疑って、質問の矢をあびせかけた。
これにたいして児玉は、すこし腹を立てているらしく、頬をふくらませて答えた。
「……怪物めは、あの岩の上に、立ち上ったのだ。さっき解剖台の上で立ち上ったのと同じだ。それから身体を軸としてぐるぐる廻《まわ》りだした。すると怪物の身体がふわっと宙に浮いて、足が岩の上を放れた。竹蜻蛉《たけとんぼ》のようにね。とたんに怪物の姿は見えなくなったのだ。それで僕のいうことはおしまいだ」
「へえっ、ほんとうなら、ふしぎという外はない」
「君たちは、僕のいうことを信用しないのかね」
「いや、そういうわけじゃないが、とにかく君だけしか見ていないのでね」
緑色の怪物を最後に見た者は、この児玉法学士だけであった。それ以後には、誰も見た者がなかった。そして緑色の怪物にたいする手がかりは、これでまったく終りとなった。
いったいあの怪物はどこへ行ってしまったの
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