が解剖をお引受けいたしましょう」
甲斐博士は、にっこりと笑った。
解剖が最後に残されたのであった。
きれいに水で洗われた怪物の死骸が、白い担架《たんか》の上から、解剖台の上にのせられた。
「おい。甲斐博士。ここで執刀《しっとう》するのかね」と、隊長が聞いた。
「はい。ここの方がよろしゅうございます。静かでもありますし、このとおり照明も十分できていますから……」と、甲斐博士が答えた。
「地上へ持って行こうじゃないか。解剖している途中で、臭気が発散すると、ここでは困るぞ」
「賛成ですな。くさくて息がつまるかもしれない。すでにこの死骸は十数日たっていますからな」と、隊員の一人がいった。
「では、そうしましょう」
甲斐博士は、すなおに隊長室戸博士の説に従った。怪物の死骸は、地上へ運ばれることとなった。それを聞いていた次長は、はっと顔色を変えた。今日はあいにく帆村荘六がこの席にいないが、彼はこの怪物をここから出すことをかたく戒《いまし》めて行ったのだ。そこで次長は前へ進み出て、そのことを注意した。
すると室戸博士は首を左右にふった。
「根拠がないね、この死骸を動かしてはいかんというのは……。われわれの診断によると、これはもう死んでいるのだ。心臓の音を顕微音聴診器できいても、全く無音だ。死んでしまっているものを、どこへ持っていこうと心配はないじゃないか」
この七人組の博士たちは、なかなか偉い人たちの集りで、少しも欠点がなかったが、しいて欠点をあげると、少しばかり頑固《がんこ》なところがあった。他人の言うことを、あまり取上げないのであった。それは刑事事件に対する自分たちの永い経験と、強い自信からきているようであった。次長はもう黙っているほかなかった。
怪物の死骸は、滑車《かっしゃ》にとおした長い綱によって、簡単に地上へ運ばれた。そこにはすでに、解剖に便利なように、天幕《テント》が張られてあった。
怪物の死骸は、白い解剖台の上に載《の》せられた。そのころ地底へ持っていってあった甲斐博士の解剖用道具が、つぎつぎに竪坑の下からあがって来た。
甲斐博士はすっかり白装束《しろしょうぞく》の支度をしていた。背中には、いつでも役に立つようにと、防毒面がくくりつけてあった。用意はすっかり整ったのだ。
甲斐博士が、電気メスを右手に握って、怪物の死骸に近づいた。その時だった。死骸
前へ
次へ
全81ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング