く呻吟《しんぎん》するばかりだった。
 おおロケット! どうしたかリーマン博士! 彼はわれわれをこの艇内に押籠《おしこ》めて、地球を後に決然《けつぜん》大宇宙へ飛ぼうとするのだ!


   記者|倶楽部《クラブ》


 正六面体の例の部屋に、「記者倶楽部」という標札が掲《かか》げられた。給仕がやってきて、戸棚と向き合った壁の上に、その札を釘づけにしたのであった。
 それがきっかけのように、この部屋へぞろぞろと記者たちが集ってきた。ドイツ人の若い記者が二人、フランケにワグナーだ。フランス人の記者が二人、ベランという中年の男と、ミミというおそろしく派手な衣裳をつけた若い女。この二人は夫婦だそうである。そのほかに僕たちが二人で総勢六人であるが、この六名の記者の面倒《めんどう》を焼くリーマン博士の部下が一人、これが例のイレネだったことが分ったので僕は苦笑を禁じ得なかった。
 イレネは、過日魚戸と一緒に歩いていたときとは別人の如き取澄《とりすま》した表情で僕たちの前に立ち、六人の記者を一人一人紹介すると、そのまま部屋を出ていこうとした。
「もし、宣伝長。ちょっと待った」
 と、僕は声をかけたのであるが、イレネは冷然と僕の方にふりかえり、
「艇長リーマン博士から命ぜられたこと以外に、お喋《しゃべ》りが出来ません。あなたがたの紹介と、ここを記者倶楽部にすることと、宣伝長のわたくしが艇長と皆さんとの連絡係であること、以上三点をお話する以外、なんにも喋れないのですから、あしからず」
 と、突放《つっぱな》して部屋から出ていった。
「あれは一体なんだい」
 僕は呆れかえって思わずそう叫んだ。するとベラン夫妻がくすくすと笑った。あとの三人は笑わなかった。
「早速《さっそく》ですが、われわれ六名の記者団に団長と副団長とを選んで、本艇の幹部との交渉その他に当らせることにしたいと思いますから、ご賛成を願います」
 フランケが、軍人らしい態度と口調とで、僕たちに図《はか》った。
「たった六名の記者じゃないですか。そんな面倒なものは不要じゃないですか」
 と僕は早速反対した。ところが、こんどは僕ひとりが孤立となって他の連中は交渉委員の必要について賛成した。
「どうぞ御勝手に……」
「では選挙しましょう。これに御投票を」
 フランケが紙を配った。
 皆が書いてしまうと早速開票した。団長はフランケに決定、副団長は魚戸に決定した。われわれは拍手を以て、その成立を承認した。フランケと魚戸は、真中まで出て、軽く頭を下げた。まことに几帳面《きちょうめん》なことである。
「では早速ですが、私は団長として、皆さんにお伺《うかが》いしますが、本艇に於ける生活について希望がありましたら、お申出下さい」
 フランケが丁寧な口調でいった。
「リーマン博士に一刻も早く会見する機会を作ってもらいたいですなあ」
 私は早速申入れた。
「はあ、そうですか。今私がお訊《たず》ねしたのは生活のことについてでしたが、リーマン博士に一刻も早く逢う件も交渉して置きましょう」
 フランケは好意に充ちた顔付で、そういった。
「われわれのための私室はあるのでしょうか」
 ベランが訊いた。
「それは大丈夫です。狭いながら、ちゃんと有ります。あなたがたの場合は、間の扉を開いて二室お使いになればよろしい」
「美粧院《びしょういん》みたいなものがありまして」
「ああ美粧院ですか。たしかにございます。その外《ほか》病院もありますし、産室もございます」
 産室! 僕はくすくすと笑った。するとフランケが、青い目玉をこっちへ向けてぐるぐる廻し、
「いやそれは本当です。本艇には現在二十五組の夫婦が乗っていますから、そういうものも当然用意してあります」
 と、大真面目でいった。僕はそれを聞くと、ちょっと揶揄《からか》ってみたくなり、
「ほほう。すると本艇にはお産日の近い御婦人も乗っているのですね」
「そうです。目下判明しているのは二人だけです。一人は縫工員《ほうこういん》のベルガア夫人で、これは妊娠九ヶ月、もう一人は宣伝長イレネ女史で同じく四ヶ月です」
「おやおや。それはどうも……」
 僕は後を振返って魚戸の顔を探した。魚戸の奴、周章《あわ》てくさって、ポケットから莨《たばこ》を出して口に啣《くわ》える。
 フランケは言葉を続けて、
「なお、本艇が予定の航程を終了するまでには、相当の出産があることでしょう。三四十人、いや四五十人はあるかもしれん」
「赤ん坊が四五十人もここで生まれるって……」
 僕は笑おうとして、ふと気がつき、笑うのを中止した。その代りフランケの前に進みより、
「フランケ君。君は本艇の全航程が何ヶ年ぐらいかかるか、それを知っているのかね」
「正式には知らんです。だが常識として、十五年はかかるでしょうな」
「十
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