《おびただ》しい棺桶の列と家具の流れ。そのあとにぽつんぽつんと、落葉のように身体を曲げながら人間が続いていく。彼らは、艇側を離れると、何かを掴もうとするように手足をやけにばたばたさせるが、しばらく経つと四肢をぴんと張って、奴凧《やっこだこ》のような恰好になり、それから先は板のように硬直して空間をしずかに流れていくのだった。
「……十五、十六、十七……」
 と、魚戸は数を数えている。捨てられゆく発狂者を数えているのだろう。
 僕は魚戸のように落着いていることができず、その場にぺったり坐って、両腕の中に頭を抱えた。
「二十一、二十二、二十三……」
 魚戸は数え続ける。僕は気の毒なベラン氏がその中に加わっていないことを一生けんめい祈り続けた。
「……三十七、三十八、三十九。可哀そうに、みんなで三十九人だ。三十九人も捨てられてしまった」
 もう駄目だ。可哀想なベラン氏よ。僕は口の中で、ベラン氏の冥福を祈った。そして頭をいよいよ床にこすりつけた。そのとき急に自分の身体が……いやその部屋がひどく揺れだした。そして今まで聞いたことのない激しい物音が、僕をおどろかした。今にもこの部屋が裂けてしまうのではないかと心配であった。僕はちよっと目をあけたが、室内は暗黒であった。傍に立っていた筈の魚戸の姿さえ分らなかった。刻々激しさを加えていく鳴動《めいどう》の中に、僕は奈落へふり落とされていくような感じを受けたが、それっきり知覚《ちかく》をうしなってしまった。


   驚異の実験


 われらの艇は、今穏かなる航空を続けている。
 あの引力平衡圏離脱の前後の大難航のことを思い返すと、只もう悪夢をみていたとしか、考えられない。あのとき僕は、遂に気をうしなってしまったが、それほど恥《はず》かしいことだとは思っていない。むしろよくも精神の激動にたえ発狂もせずに無事通りすぎたものだと思う。僕がこう記すと、中には僕の気の弱さを嗤《わら》う人があるかもしれない。だが、それは妥当《だとう》でない。あの凄絶無比の光景を本当に見た者でなければ、その正しい判定は出来ないのだ。
 それはともかく、今は至極平穏なる航空を続けている。地球の重力は既に及ばなくなった代りに、月世界からの引力が徐々に増加しつつある。しかし艇内は依然として人工重力装置が働いている。
 もうかなり日数が経った。イレネはいよいよ臨月にはいっ
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