んという高い唸り音をあげて、廻転機がまわっていた。
 ことと、ことと、ことと。
 カムがしきりにピッチをきざんでいる。
 ぴかり――と、紫色の電光が、扉の間から閃いた。じいじいじいと、放電のような音もきこえる。
 それにひきかえ、マカオ博士はなにをしているのか、咳《しわぶき》の声さえ聞えてこない。
 僕の心臓は、なんだか急に氷のように冷たくなったのを感じた。
 ごとごとごとごとごと。そのとき博士の姿が入口にぬっと現われた。
「さあ、おはいり。だが始めから断っておくよ。どんなものを見ても、気絶なんかしちゃいけないぜ」
 僕は大きくうなずいて、そんなことは平気ですと博士に合図したが、内心では恟《きょう》々としていた。これはなにかよほど意外なものが、この室内にあるらしい。いったいなにであろう。僕はおずおずと室内に足をふみいれた。
「いいかね。こっちの小さい室に入っているんだ。檻があればいいのだが、生憎そんなものはない。まさかこんな怪物がとびこもうとは、想像だにしなかったのでね」
 そういって博士は、室内の一隅にある小さな扉を指さした。
(怪物? 怪物って、なんだろう)
 博士は額に手をあげて、しばらく沈思してから、
「おい君。これから君が見る怪物は、いったい何者であるか、当ててみたまえ。もし当てることができれば、この研究所をそっくり君にあげてもいいよ。つまり、いくら君が考えてもわけのわからない生物が、この小さな室に入っているんだ」
「僕はあててみますよ。なに、人間の頭脳で考えられることなら、僕にだって――」
「いや、そうはいうが、こればかりは、人間の想像力を超越している。地球ができて以来、こういう生物を見たのはわしが最初、絵里子が二番め、そして三番めが君だ」
 ああ絵里子!
 僕はひそかにこう考えていた。ひょっとして、僕は絵里子の死骸でもみせられるのではないかと考えていたのだ。博士は、実験の都合で、ふと彼女を殺害してしまい、その死骸を僕に見せてなんとかいいわけをするのではあるまいかと。――しかしどうやらそれはちがっていたらしい。絵里子は、その怪物とやらをみたのち、今はなにをしているのだろうか。
「愕いてはいけない。さあ、ここに反射窓がある。これをのぞけば、この室内の様子ははっきりわかる」
 博士は、普通魔法鏡といわれる反射窓を指さした。僕はすぐさま決心して、指さされるままに、その窓をのぞいてみた。
 そのなかに見た刹那の光景!
 ああ、これほど世の中に奇しき見世物があるであろうか。僕ははっと息をのんだまま、その場に硬直してしまった。
 おそろしい生物《いきもの》よ!
 その別室の床に、大の字なりに死んだようになって寝そべっていたのは、最初の一目では、一個の裸形の女と見えた。
 だが、次の瞬間、僕はそれを早速訂正しなければならなかった。
(女体らしい。しかしそれは絶対に人間ではない!)
 絶対に人間ではありえないのだ。
 なるほど四肢は豊満に発達し、皮膚の色はぬけるほど白く、乳房はゴムまりのようにもりあがり、金髪はゆたかに肩のあたりにもつれているところは女性人間のようであるが、よく見ると顔がのっペらぼうだ。そして頭髪の間から三本の角が出ていて、その尖端にたしかに眼玉と思うようなものがついている。そいつはぐるぐるとうごめいていたが、おどろいたことに、眼瞼と思われるものがぱちぱちと眼をしばたたいたのには愕いた。こんな人間は絶対にありえない。
 それから四肢だ。これをよく観察していると、腕はありながら、手首とか指などがない。その代り手首のあたりから先が、きゅうりの蔓のようにぐるぐる巻いていて、それがときどきぬーっと長く床の上にのびて、そこらをしきりにのたうちまわる。
 こんな形の生物は、人間の畸型例にも見たことがない。怪物というよりほか、呼びようがないであろう。
 まだもう一つ気のついたことがある。
 それは真白な肢体の膚に、点々として小さい斑点がついていることだ。そういうとそばかす[#「そばかす」に傍点]みたいに聞えるが、そばかすではない。そばかすよりもずっとずっと小さい斑点で、そしていやに黒いのである。電送写真というものがあるが、あの写真を空電の多いときに受信すると、画面におびただしく小さな黒い空電斑点というものが印せられるが、どっちかというと、その空電斑点によく似ているのであった。(後で分ったことであるが、その怪物の肢体についている黒斑が、僕の第一印象のとおり、やはり本当の空電斑点であると分ったときには、さすがの僕も腰がぬけたかと思ったほど愕いた)
「あの怪物は、どうしたのですか。博士はどこからあれを持ってこられたのですか」
 僕はマカオ博士の方をふりかえって、はげしく詰問の言葉をおくった。
「おうほ、そのことそのこと」
 と、博士は
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