て、まるで戦場のようなさわぎになってしまいました。
「おお一彦君にミチ子ちゃんじゃないか。どこに行ったのかと思って、おじさんは心配していたところだよ」
 そういう声とともに、兄妹の肩をやさしくたたいた人がありました。
「あっ、帆村おじさんだわ。おじさん、いつここへいらしたの」
「ああおじさん、とうとうやって来たねえ。僕、なんだかおじさんが来るような気がしていたよ」
「ああそうかそうか」
 おじさんはにこにこ顔です。
 兄妹のおじさんて、誰だか皆さん御存じでしょうね。あの有名な青年探偵の理学士帆村荘六氏です。
「ねえ、おじさん。あの軍艦が坐礁したり、檣《ほばしら》が曲ったことについては、なにか恐しいわけがあるんだろう」
 と、一彦が遠慮のない問をかけますと、帆村探偵は口をきゅっと曲げて、
「うん、それについて君たちの力を借りたいことがあるんだよ。君たちは、向こうの丘の上に建っている塔のことについて、なにか知らないかね」
 といって、帆村ははるか向こうを指さしました。
「おじさん、塔って、どこにあるの」

     2

「どこといって、あの塔のことさ。ここから大分とおいから、君たち気がつかないのか」
 帆村の指さす方を兄妹がよく見ますと、なるほど丘のかげに一つの塔らしいものが見えます。
「おじさん、あれのこと?」
「そうだそうだ。丁度軍艦淡路が坐礁している丁度真正面になるだろう」
「おじさん、あの塔になにか怪しいことがあるの」
「さあ、それは今は何ともいえない。そうだ一彦君ここに双眼鏡があるから、これであの塔を見てごらん」
 帆村おじさんは、ポケットから、妙な形をした双眼鏡をとりだしました。それははじめ普通の双眼鏡に見えましたが、その先を起すと、蝸牛《かたつむり》が角をはやしたようになります。覗《のぞ》いて見ると、小形に似ずなかなか大きく、かつはっきりと見えます。
「どうだね、塔がよく見えるだろう。誰か窓からここを見ていないか、よく気をつけて見たまえ」
 あまりにも双眼鏡がよく見えるので、一彦はただぼんやりと塔をみつめていましたが、おじさんからいわれて塔の横腹に三段になってついている窓を一つ一つ丁寧《ていねい》に見ていきました。
 窓は手にとるようにはっきり見えました。するとどうでしょう。一番上の窓にはってある紫色のカーテンが、まん中からそーっと左右にひらかれるのが見えました。
「おや、塔の中に誰かいますよ」
「なに、いるかい。双眼鏡をこちらへお貸し」
「ちょっと待って、おじさん」
 と、一彦はなおもカーテンを見ていますと、そのうちにカーテンの間からあたりを憚《はばか》るように一つの顔があらわれました。その顔! その奇妙な顔!
「あっ、あの顔だ――」
 と、一彦はびっくりして双眼鏡から目を放しました。それは誰の顔だったのでしょうか。

     3

「あの顔って、どんな顔だ」
 と、帆村は一彦の手から双眼鏡をとって、すぐ目にあてて見ました。しかし帆村の目には、一彦が見た塔上の怪人の顔は、もううつりませんでした。
「もう顔をひっこめたらしい。一彦君、どんな顔を見たんだ」
 と、探偵帆村荘六になりきって、おじさんは一彦を離しません。
「おじさん、それが変な顔です。汐ふきのお面みたいな顔です」
 するとミチ子も、それに声をあわせて、
「ああ、あの変なおじいさんのことなの。そうだったわね。昨日ここを通りかかったところを兄さんと一しょに見て笑ったのよ。だって、とても変な顔なんですもの、ほほほほ」
 と、ミチ子はあの口のとびだした滑稽な顔を思いだして、おかしくてたまりません。
「とにかく、実はあの塔を調べてみろというその筋からの命令で、こうしておじさんは、はるばるやってきたのだ。じゃあミチ子はあぶないから、家《うち》で待っておいで。おじさんは一彦君と一しょにいってみるから」
 ミチ子は、すこし不満でしたが、帆村探偵がとめるので、仕方なく家へかえってお留守をすることになりました。
 怪塔は、そこから一キロほどの道のりでありました。塔のうしろはこの辺に珍しい森になっていて、また前は海との間に寝たような形の丘が横たわっていました。
 一彦と帆村とは、たいへん急ぎ足でいきましたけれど、そこへつくまでには、三十分もかかりました。傍《そば》に来てみると、塔はますます高く、見るからに頭の上からおしつけられるような感じのする塔でありました。
「おじさん、ここに入口があるよ」
「うむそうか。開くかどうかやってみよう」
 といいながら、帆村は注意ぶかくゴムの手袋をはめ、ドアの把手《とって》を握っておしてみましたが、びくとも動きません。

     4

 怪塔王は、塔の一番上の部屋の中に、どっしりと据《す》えた肘掛椅子《ひじかけいす》にうずくまって、向こうを向いています。
「あっはっはっ。なにをしたって、お前たちに入口のドアがあいてたまるものかい。あっはっあっはっ」
 怪塔王は、壁を眺めてはからからと大声で笑っています。
 そうです、この壁には、どうしたものか、塔の入口と同じ光景がうつっていて、その前に、帆村探偵と一彦とがうろうろしているのがうつっています。まるで映画がうつっているようにも見え、また魔法の鏡がかかっているようにも見えます。なにしろ塔の下の入口の光景が、このように塔の階上の室で見えるのですからね。
「あっはっはっ。まだ諦《あきら》めよらんな。それでは一つおどかしてくれるか」
 そういいながら、怪塔王は机の上から長い管《くだ》のついたマイクロフォンをとりあげて、口のそばに持っていくと、
「おいおい、なぜうちのまわりをうろうろしているんだ。ははあ、鍵穴をのぞいたな。変なまねをしていると、今に頭の上から、毒ガスをぶっかけるぞ」
 帆村と一彦の頭の上からふってきたのは、それは破鐘《われがね》のような大きな声でした。
「これはかなわん。おい一彦君、はやく逃げるんだ」
 と、帆村探偵はふだんにも似ず、弱音をはいて逃げだしました。
「あっはっはっ、ざまを見ろ」
 怪塔王は、なおもからからと笑いつづけます。
 怪塔王とは一体何者でしょうか。しかしとにかくこの怪塔に、おどろくべき最新科学による仕掛《しかけ》がしてあることは確《たしか》です。
 では、いま沖合に坐礁している軍艦淡路の事件とも、なにか関係があるのではないでしょうか。それにしてもあの勇敢な帆村探偵は、なぜしっぽをまいて逃げだしたのでしょうか。


   砂丘



     1

 帆村探偵と一彦少年とは、怪塔王にどなりつけられましたので、一目散に逃げだしました。怪塔からものの五百メートルも走ったところに、砂が風のため盛りあがって丘になっているところをみつけましたので、二人はこれさいわいと、そのかげにとびこみました。
 砂丘のかげから、後《うしろ》の怪塔をふりかえってみますと、別に何者もこっちへ追いかけてくる様子もなく毒ガスらしいものも見えないようです。二人はほっと安心のため息をつきました。
「なあんだ、おじさんは探偵のくせに、ずいぶん弱虫なんだね。これはかなわん、にげろにげろ――などと大きな声を出して逃げるなんて……」
 と、一彦は砂丘のかげに寝ころがったまま帆村荘六おじさんを弥次《やじ》りました。
 すると帆村探偵はにやりと笑って、
「うふふふ、ずいぶん弱虫に見えたろうね。それでいいんだよ。あの怪塔の大将は、なにかテレビジョンのような機械をつかって、僕たちが忍びよったところを、手にとるようにはっきり見ているんだ。ところが、こっちには向こうの大将が見えないんだから、喧嘩《けんか》にならないじゃないか。あんなときには、こっちが弱虫で、すっかり腰をぬかしたように見せておくと、向こうは本当に自分が勝ったんだと思って安心するんだ。そこで向こうが油断をする、そこを覘《ねら》って、こっちが攻めていく、どうだ、いい考《かんがえ》だろう」
「へえー、では帆村おじさんは、それほど弱虫ではないんだね。そうとは知らなかったから、さっき僕は、がっかりしちゃったよ」
 帆村はまたにやりと笑いました。
「さあ、そこで一彦君、こんどはいよいよ怪塔を攻める方法を考えるんだ。一体どうしたらあの塔の中にうまく忍びこめるだろうか」
「さあ――」
 これには一彦も弱ってしまいました。

     2

 一体どういう風にやれば、あの怪塔の中にしのびこめるでしょうか。
 あの聳《そび》えたった高い塔を、どこから攀《よ》じのぼればいいのでしょうか。
 入口の扉には、錠《じょう》がおりています。
 いや、そればかりではないのです。塔の近くへよると、怪塔王はそれをすぐ知ってしまいます。なにしろ、塔の三階にいて、入口の附近の様子がありありと見えるテレビジョン機械をもっているのですもの。
 そう考えてくると、怪塔の中に忍びこむには二重三重のむずかしい問題があります。
「どうだね、一彦君。いい考がうかばないか」
「僕、なにもわからないや」
「なにもわからないようじゃ駄目だねえ。もっと考えなくちゃ」
「おじさんは何か考えているの」
「うん、おじさんも実は困っているんだが、とにかく昼間行くと怪塔王に見られてしまうから、夜になって近づくのがいいということはわかるよ」
「なるほど、おじさんはえらいや。それからのちはどうするの」
「それからのちは――困っているのだ」
「おじさん、梯子《はしご》か竹竿《たけざお》をもっていって、一階の窓にとりつきガラス窓をこわしてはいってはどう」
「それは駄目だ。さっき窓をよく見てきたんだが、ガラス窓の外にはもう一枚鉄の扉がしまるようになっている。夜になると、きっと、窓は鉄の扉にとざされて、なかなかはいれないと思うよ」
「それじゃ困ったね。窓からは駄目だ」
「入口の扉をあける合鍵でもあればいいんだが……」
「鍵?」
 そのとき一彦は、ふと猿の頭のついた鍵のことをおもいだしました。昨日怪塔王が砂の上におとしていったあの大きな変な形をした鍵のことです。

     3

「そうだ、あの鍵があれば、入口があくかも知れない」
 と、一彦はひとり言をいいました。
「なに、鍵だって? 一彦君は、あの入口の鍵をもっているのか」
 と、帆村探偵は、おどろきの声をあげました。
 そこで一彦は、今その鍵をもっているわけではないこと、しかし昨日一彦が変な鍵を砂の上で拾ったこと、そして間もなく怪塔王がひきかえしてきて、その鍵をもっていってしまったことなどを話しました。
「ああ惜しいことをした。その鍵があれば、今どんなに役に立ったかしれないのだが」
 と、帆村探偵は残念そうにいいました。
 一彦も、帆村探偵におとらず残念におもいましたが、そのときふと気がついたことがありました。
「ねえ、おじさん。鍵の形がはっきりわかっていると、それと同じ鍵をもう一つ作ることができるねえ」
「なんだって、鍵の形がわかっているのかね」
 そこで一彦は、昨日それを持って遊んでいたときに、湿《しめ》った砂におしつけて、鍵の型をいくつも作ったことを話しました。そして、もしかすると、昨日遊んだところに、まだ鍵の型が一つや二つは残っているかもしれないといったのです。
 それを聞いて、帆村探偵はとびあがってよろこびました。
「そいつはいいことを聞いた。ではこれからいって探してみようじゃないか」
 二人は砂丘のかげからとび出すと、どんどんかけだし、昨日一彦とミチ子が遊んだ浜辺へやって来ました。
 さいわい昨日は風も弱くて砂をとばさず、またそこは湿った砂地でありましたので、一彦の作った鍵の型は、あちこちにのこっていました。
「うむ、しめた。これなら合鍵が作れる!」
 帆村は大喜びで、一彦の手をぐっと握りしめました。

     4

 帆村探偵と一彦は、一歩一歩怪塔の入口に近づきました。そしてもう一歩で、入口の扉に手が届くというところまで近づいたそのときでありました。突然あたまの上から、破鐘《われがね》のような声がおちてきました。
「こーら、誰だ。また二人づれで来やがったな
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