たよ、ハイロ君」


   天蓋《てんがい》の頂上《ちょうじょう》


 ハイロと三根夫は、あたりを警戒しながら階段に近づいた。さいわいに、誰もいないようすである。
「いよいよ、ここから階段をのぼりますが、ぜったいに声をだしてはだめですよ、いいですか」
 ハイロは、もう一度ねんをおした。そしてまんいち監視隊員に見つかったときは、三根夫は口がきけず耳が聞こえないということにし、ハイロが監視隊員に口をきくから、そのつもりでと、三根夫にいいふくめた。それから階段をのぼりはじめたのである。
 その階段は、螺旋形《らせんけい》にねじれて上へあがっていくようになっていた。階段のはばはかなり広かった。それをのぼりながら三根夫は壁がどんな材料でつくってあるのか注意して見た。その材料は、吊り橋や天井と同じ材料でできていると思われた。灰色だった。ちょっと指さきでさわってみた。つめたいかと思いのほか、なまあったかかった。そして弾力が感じられた。
(やはり、樹脂《じゅし》製らしい。しかしこんなに丈夫な樹脂にお目にかかるのははじめてだ)
 地球にある樹脂とはだいぶちがって、高級品だった。階段の高さは、三十メートルより低くはないと思われた。この三十メートルは同時にこの天蓋の厚さでもあった。すばらしく厚い天蓋だ。
 その天蓋が、するすると伸びていって大空をおおったのを見たのだ。こんな厚いものが、どうしてあのような速さで伸びていったのであろうか。そのふしぎな謎は天蓋の構造にかかっているのだ。
(いったい、天蓋は、どんな構造になっているんだね)と、三根夫はハイロにたずねたくなった。が、それはできなかった。ハイロのむずかしい目つきにぶつかったからである。
(三根夫さん。一口も、口をきいてはいけませんぞ。さっき注意しておいたでしょう)
 と、ハイロは無言で三根夫をしかりつけているのだ。だからといって、三根夫はそのことをあきらめることはできなかった。そこで、思い切って、手まねでもって、ハイロにたずねた。通ずるか通じないかわからないが、壁をたたくまねをし、そしてその構造はどうか、中はどうなっているかを教えてくれと、一生けんめいに手まねを工夫して、ハイロにたずねた。
 ハイロは、はじめは、あきれはてたという顔つきで、目を白黒させていたが、やがて、ハイロは手まねをもって答えだした。手まねというやり方を、ハイロはおもしろく思ったから、三根夫に答えてやることになったのであろう。
(なるほど。そうかい)
 三根夫は、やはり手まねであいづちをうった。ハイロの手まねの全部がわかったわけではないが、そうしないとハイロが手まねのおしゃべりをやめてしまうおそれがあったから、ほどよくあいづちをうったのである。それで、ハイロの手まねをかいどくして、わかったように思うことは、この天蓋をつくっている壁体はすくなくとも三重になっているらしい。中は袋のようになっていて、そこの中に原子力であたためられた或るガスがつまっているらしい。そのガスは、ぎっしりと袋の中につまっているので金属とおなじくらいに固く感ぜられる。その外に、あと二重に樹脂のような生地の袋がかぶさっていて、ガスが外へもれることをふせぐと共に、外部から砲弾などをうちかけられても、はねかえす力を持たせてあるものらしい。
 らしい、らしいの話ばかりで、正確なことはわからないのが残念だが、いずれ町へかえってから、ハイロにたずねなおせばいいであろうと、三根夫はがまんした。そして残りの階段をひと息にのぼり切っていよいよ一番高いところに立った。それは、丸い小天井《こてんじょう》がはまっていた。その小天井は透明であった。その証拠に、天井をとおして、星がきらきら輝いていた。
(ああ、きれいだなあ。ひさしぶりに星空を見るんだ。ああ、きれいだ)
 と、三根夫は、いいたいことばを口の中へおしこんで、透明天井を通して大空を仰いだ。そしてその姿勢で身体をぐるっと回転して、ちょうど百八十度ばかりまわったとき、かれはまったく意外にも、すぐ近くに、ガスタンクほどの大きさの、銀色にかがやいたすばらしい球《きゅう》が、宙に浮いているのを発見した。遊星だ。なんという大きい星だろう。かれは息をのみ、おどろきとおそれをもってその星の面を眺めたが、とつぜん三根夫は、心臓が破れるほどの第二の驚愕《きょうがく》にぶつかった。
 というのは、その星の面には、模様のようなものがついていた。それは海と陸とが区別されて見えるのであった。三根夫がびっくりしたのはその模様の一つが、他のものよりもはっきりしていて、それが南アメリカの形によく似ていることだった。いや、似ているどころではない、南アメリカにちがいなかった。すると、いま目のまえに見えている星こそ、地球なのだ。地球だ。地球がこんなに近くにあろうとは。
「うわーッ。地球だ。なつかしい地球だ。これはどうしたというんだろう!」
 三根夫は感激のあまり、とうとう大きな声をだしてしまった。
 ハイロが、あわてて三根夫のそばへかけよったが、それはもうおそすぎた。


   意外な相手


(しょうがないねえ。だから、あれほどやかましくいっておいたじゃありませんか)と、いいたげに、ハイロは三根夫の口をおさえつけ、そして三根夫の腕をしっかりつかまえて、いそいで階段をおりようとするのであった。三根夫は、なつかしい地球に見とれていて、その場を動くのがいやらしい。
(だめですよ。いまのうちに、さっさと逃げださないと、いまのあんたの声を聞きつけて、武装した監視隊員が逃げ路をふさいでしまいますぜ)
 ハイロは、そういいたい気持でいっぱいだった。ぎゅうぎゅうと力をこめて、三根夫を階段のおり口へひっぱっていこうとする。
「こらッ、何者だ。そこ動くな」
 とつぜんひとりの大きなガン人が姿をあらわして、三根夫をつかまえた。
「しまった」三根夫は舌うちをした。それが、いっそういけなかった。
「おや、おまえは地球人だな。地球人が、許可なしでこんなところをうろついているなんて、けしからんじゃないか。おい、面をぬげ」ガン人は、三根夫のかぶりものの上から、ぼこぼことたたいた。じつに、するどく耳のきくガン人だった。
「まあ、待ってください」ハイロが、三根夫をうしろにかばってまえにでた。するとガン人は、ハイロをなぐりつけようとした。ハイロは、あやういところでそれをさけた。
「まあ、待ってください。この者は、地球人ではなく、やはりガン人なんです。しかし口はきけなくて、そのうえに耳は聞こえないですから――」
「ばかをいうな。ごま化されんぞ。地球人にちがいない。その証拠には、そやつは地球人のことばで二度も叫んだじゃないか。さあ、正体をあらわせ」
 そういうと、ハイロよりも背の高いそのガン人は、ハイロの頭越しに両手をのばして、三根夫のかぶっているお面の両耳をつかむと、手前へひっぱった。お面はすっぽりとぬけて、下から三根夫のまっ赤《か》な額《ひたい》があらわれた。
「やっ、きさまはテッドの部下の三根夫という子供だな。いよいよけしからんことだ。なにしにこんなところへきたか」
 そのガン人は、三根夫を知っていた。間にはさまっていたハイロは、これはめんどうなことになったと思った。このガン人のために三根夫がつきだされるとハイロ自身も、そうとう重い刑罰をうけなくてはならないであろう。そう思ったハイロは、とにかくここで相手をうちたおし、その気絶しているまに三根夫の手をとって逃げるならば、あるいはじぶんの身柄《みがら》をかくすことに成功するかもしれないと考え、全身の力をこめて、大男のあごをつきあげた。
 不意をくらった相手は「うッ」とうなると、うしろへよろめいて、仰向《ああむ》けにどたんとたおれた。すると意外なことが起こった。かれの頭部がはずれて、ころころと向うへころげたのであった。
 ということは、かれもまたお面をかぶっていたというわけだった。
「この野郎」くるっと一転すると、かれはすっくと立ちあがった。お面のかわりに、地球人のまっ赤な顔が、怒りと不安にゆがんでいた。その顔に見おぼえがある三根夫だった。
「やあ。ガスコだ。スコール艇長と名乗っていたガスコだ」
 読者はおぼえていられるであろう。この物語のはじめに出没《しゅつぼつ》した覆面《ふくめん》の怪人《かいじん》ガスコであった。またギンネコ号の艇長スコールだと名乗って、テッド博士|座乗《ざじょう》のロケット第一号のなかへ変装してやってきた怪漢だった。そのとき三根夫は熱線をかれの変装のうえにかけ、つけひげなどをとかしてうち落とし、化けの皮をひんむいてやったことがある。その怪人ガスコが、こんな所にいたのである。
「ふふん。おれを知っていやがったか。ようし、そうなれば、なおさらきさまたちを許しておけないぞ。ここで、ふたりとも、息の根をとめてやるんだ。こら、動くな。手をあげろ」
 ガスコの両手には、いつのまにか、二|挺《ちょう》のピストルが握られ、その銃口は三根夫とハイロの胸もとに向いていた。もう、いけない。三根夫は両手をあげた。そのとき撮影録音機のはいっている包みがごとんと音をたてて下に落ちた。ハイロも、三根夫とおなじように手をあげた。


   信号灯


 ガスコは、すっかりいばってしまい、
「ははは。ざまを見ろだ。ここできさまたちふたりを片づけてしまえば、おれの立場は、ますます安全となる。おれは運がいいよ」と、みょうなことをいった。
 三根夫は、ちらりとハイロのほうを横目で見た。するとハイロは、首も手足もなく、服だけが両手をあげていて、ハイロの表情を知ることができなかった。これには困った。
 ガスコは、ハイロのほうへ寄ってきた。そして一挺のピストルをポケットにしまい、そのあいた方でハイロの頭を手さぐりして、かれの大きな耳をつかんだ。
「やい。きさまも、はやくお面をぬぐんだ」
「あ痛た、たッたッたッたッ」ガスコは、ハイロが正真正銘のガン人であることにもっと先に気がついていなくてはならなかった。ハイロの頭や手足が見えなくなったときに、ハイロこそガン人のひとりだとさとるべきだった。ところがガスコは、はじめからハイロを、三根夫とおなじ地球人であると思いこんでいたために、この重大なまちがいをしでかしたのだ。
 ハイロは、いやというほどガスコに耳をねじられたので、すっかり怒ってしまった。
「らんぼうなことをする奴だ。おまえさんは何者だ。見れば地球人じゃないか。地球人のくせにガン人であるわしを殺すというのかい」
 と、ハイロにせまられて、ガスコは返事につまった。ガン人を殺すことは許されないのだ。まんいちそんなことをしたら、あとで極刑《きょっけい》になるのはわかり切っていた。
「いや。きさまはガン人なものか。地球人にちがいない。はやくそのお面をぬぐんだ。ぬがないと、このピストルがものをいうぞ」ガスコは、苦しまぎれに、ハイロを地球人といいはって、この場の不利をごま化そうとした。ハイロは、ますます怒った。
「ばかなことをいうな。おまえさんじゃあるまいし、顔の皮をむいて、下からもう一つ顔をだすなんて、そんな器用なことができるものか。わしはガン人だ。見そこなってもらうまい」
「いや、ガン人なものか、地球人だ。引っ立てて、警備軍へ渡してくれるぞ」
 さすがのガスコも、相手がガン人とわかっては、ピストルの引金《ひきがね》を引くわけにいかなくなり、こんどは警備軍へひき渡すといいだした。
 このとき三根夫がハイロのところへ寄った。そしでハイロの耳に、なにかをささやいた。ハイロは大きくうなずくと、目を皿のようにして、ガスコのほうへ一歩前進した。
「わしはガン人として、おまえさんに聞きただすことがある。おまえさんは、何の理由があって立入り禁止の天蓋をうろうろしているのかね」
「うむ。それは……」
 と、ガスコは痛いところをつかれて、醜い顔をいっそうゆがめて、ことばにつまった。
「まだおまえさんに聞くことがある。おまえさんが、あそこへおいてきた長い筒は、あれはいったい何に使うもの
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