岩へ上ったところ、怪しい者に組みつかれ、もみあううちに、両方もろとも、天狗岩をすべって、どぼんと湖の中に落ちてしまった事件のことだった。
 だから、その当時、蟻田老博士は行方不明のままだし、そこへ持って来て千葉県下の出来事ながら、奇怪な天狗岩事件が持上ったわけである。この二つの怪事件の間には、何かつながりがあるのか、どうであろうか。
 いや、それよりも、友永千二少年は、その後どうなったのであろうか。湖の中に落ちて、そのまま溺れ死んでしまったのであろうか。
 千二少年は、生きていた。
 彼は今、ふと我に返った。とたんに感じたことは、なんだか、大変長い夢を見つづけていたということであった。
「ああっ――」
 千二は、うす眼をひらいた。
「ああっ――」
 千二少年が、正気をとりもどしたときに、まずはじめて感じたものは、においだった。それはじつに異様なにおいだった。
 彼は、くすんくすんと鼻をならして、そのにおいが、なんのにおいであるかを知ろうとした。だが、彼のおぼえているものに、そんなにおいのするものはなかった。しいて、それに似たにおいをさがしてみると、牛小屋の傍《かたわ》らを通ったときの、
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