「そうですよ。今にあれがどんどん大きくなって、月よりも大きくなるそうです」
「もしもし、月よりも大きくなるどころじゃありませんよ。彗星は自分で光っているんですから、太陽よりも明かるくなりますよ」
「ほんとうですか。あれは自分で光っているんですか」
「そうですとも。今に空いっぱいに彗星がひろがりますよ」
「ええっ、何ですって」
「つまり、空というものが見えなくなってしまうのです」
「えっ、よくわかりませんなあ」
「さあ、どう言ったらいいか。つまりですな、空が見えなくなって、その代り彗星の表面ばかりが見えるようになるでしょう。その時は、他の星は全く見えなくなりますよ」
「へええ、驚きましたなあ。太陽も月も見えなくなるのですか」
「そうですとも。太陽も月も、地球から言うと、モロー彗星の向こう側になってしまうのですからねえ」
 俄か天文学者が急にふえた。
 モロー彗星が肉眼で見え出すと、騒ぎは、いよいよ大きくなった。
『モロー彗星対策相談所』とか、『延寿相談所』などという珍妙な看板が、どこの都会にも、十や十五はあらわれた。
 人々の中に、何とかしてこの際、自分たちの命を全うしたいものと思い、この珍妙な看板をかけた家の門をくぐる者が少くなかった。いや、少くないどころか、その門前は、順番を待つ人々で、長い列を作っていた。
「さあ、お次は九十番、九十番のお方!」
 と、受附の男が呼ばわると、待っていた人は番号札をにぎって、その延寿相談所長室へはいって行くのであった。
「まず、相談料をいただきます。相談料は先払で百円です」
「百円? 高いですね」
「高いと思えばおよしなさい。何しろここで、あなたの家の御家族の命が助かるか、助からないかという場合ですからな。別に私どもは、こんなことでお金をもうけようとは思わないのです。ただ、この通りたくさんのお客さんに押寄せられ、門や家がこわれそうなので、その混雑を防ぐために、少しばかり高いお金を支払ってもらって、入場整理をやっているのです。気に入らなければおよしなさい。ただし、命のせとぎわですからな」
 と、へんなことを言って、困っている人を困らせたり、おどかしたり。
 それで客は、せっかく決心をしてここまで来たのでもあるし、百円はちょっとこたえるが、それで命が助かるなら、まあ安いものだと思ってその金を支払い、さて、モロー彗星の害からのがれる方法は? と相談所長にうかがいを立てると、
「それはいい方法があります。しかし、決して、ほかの人に洩らしてはいけませんよ。つまり鉱山――銅や石炭やそういう鉱物の出る山の坑道の、奥深く逃げこんでいるのです」
「鉱山の坑道にはいっておれば、かならず助かりますでしょうか」
 と、客はふに落ちない顔である。
「そりゃもう、たしかにうまく行きますよ」
 と、モロー彗星対策延寿相談所長は、大きくうなずいた。
「モロー彗星が、地球に衝突した時を考えてごらんなさい。地上なんかにおられやしませんよ。彗星が衝突したとたんに、地上は、一せいに火事になってしまいますよ。とても熱くて、おられるものではありません。おまけに彗星は地球をこわして行きますよ。ビルヂングであろうが、岡であろうが、山であろうが、ぶっかいて行きますよ。その時人間が地上におれば、一しょに持って行かれますよ。だから、今お教えしたように、坑道の底におれば、助かるわけです。つまり地球が一皮むけたくらいでは、坑道の底におれば、まず大丈夫ですからね。どうです、たしかな方法でしょう」
 と、相談所長はとくいである。
「なるほど、なるほど」と、客は感心してうなずいたが、
「しかし所長さん、地球が粉々にこわれるだろうという話ですが、その時は、坑道の底にいても地表にいても、やられることは同じことでしょう」
「いや、同じではありません。地表にいる人間がやられる時、坑道の底にいる人間は、まだ生きています」
「しかし、遅かれ早かれ、坑道の底にいても、やられるではありませんか」
「それは仕方がありませんよ。少しでも、いのちが長くのびれば、それでいいとしなければならんですぞ。まず五、六分は長くのびます。あまりよくばりなさるな」
 客は、あっけにとられた。百円は、ただどりをされたようなものだ。
 また別の相談所では、海中へ逃げる方法を売っていた。それは……。
「海へ逃げこむのが一ばんよろしゅうございますよ」
 と、別の相談所長は言うのであった。
「つまり、陸は安心がならないのです。陸はモロー彗星につきあたられると粉々に飛散ってしまうし、地上は、大地震の起ったように大ゆれにゆれるから、人間はつぶされてしまいますよ。そこへいくと、海の中にはいっておれば、ずっと安全ですな。どうです、おわかりかな」
 その相談所長は、そう言って鼻をうごめかすのであった。
「どうも
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