ないのかね。号外は出たのかね」
「いや、どっちも今、報道禁止にしてあります。そんなことを知らせては、どんなさわぎが起るか、大変ですからね」
 課長は、ほんとうに心配そうな顔をして、そう言った。
「そんなことは、一刻も早く、全国の人々に知らせるのがいい。かくしておくのは、かえってよくない」
 地球とモロー彗星とが、やがて衝突するであろうというニュースを、博士はすぐさま人々に知らせよと言う。
「もちろん、いずれ知らせますが、その前に、我々は、十分責任のある用意をしておかなければなりません」
 と、大江山課長は言う。
「責任のある用意とは?」
「それは、つまりその恐るべきニュースを聞いて、あばれ出す奴が出たら、すぐ捕えてしばり上げる用意をすることです」
「そんなつまらんことを、心配するには及ばないだろう。もっと大事な……」
「そうです。我々はそれも考えています。第二の用意は、その衝突が果してほんとうに起ることかどうか、それをたしかめなければなりません」
「よくよく、ばかばかしいことを考えたもんだ。それよりも、もっと……」
「まあ、お待ちなさい。我々の第三の用意は、もしほんとうに衝突が起るものとすれば、何とかして衝突しないですむ方法はないかと、それを研究すること」
「泥棒をとらえて縄をなうというのは、このことだ。ばかばかしい」
「いや、我々は、すべてのことに手落があってはならないのです。第四の用意としては……」
「第四の用意? ずいぶん用意をするのだねえ」
「そうです。第四の用意は、もし衝突が起っても、我々日本人だけを死なさずに、何とか助ける方法はないものかどうか」
「雲をつかむよりむずかしい話だ」
「第五の用意は……」
「わしは、もうたくさんだ。ばかばかしくて、黙って聞いていられんよ」
 蟻田博士は、大江山課長の言うことを、一々だめだとやっつけた。
 だが、博士は、帰る帰ると言ってなかなか帰らず、課長の机の前で、もじもじしていた。
「課長。総監がお呼びです」
 一人の警官が、大江山課長を呼びに来た。課長はうなずくと、そそくさと自分の席を立って、向うへ行った。
 その課長の姿は、衝立《ついたて》の後へ消えたが、そこで彼は、足をとどめた。課長を呼びに来た警官も、また、そこで足をとどめて、課長の顔を、興ありげに見た。
「課長。あの老人の写真をとるのですか」
「いや、今日のは、違う」
 課長は、よく、こんな風に自席を立ち、後に残った机の前の客を、知れないように写真にとらせることがよくあった。つまり、その時たずねて来た人の顔を、後のために、ちゃんと残しておく必要があるような時には、よくやる手であった。警官は、またその写真かと思ったのである。
 課長は、衝立のかげから、自席の方を注意している。
 その時、警官が課長の耳の近くに口をよせ、早口で言った。
「あっ、課長。あの老人が変なことをやっていますよ。いいんですか」
「ああ、いいのだ」
「あっ、課長の机の上にある箱の中から、何か長いものをひっぱり出しましたよ。大丈夫ですか」
「うん、いいのだ」
 いいのだ、いいのだと言っているうちに、蟻田博士のからだは、課長の机を離れた。そうして、戸口の方へ、早足で、つつうっと歩いて行く。どうやら、博士は逃げるつもりらしい。
「いいんですか、課長。あの老人は太い奴ですよ。課長の机の上から、何か盗んで行きますが、いいのですか」

 蟻田博士は、うまうまと、青い色のむちのようなものを、大江山課長の机上から盗んでしまった。それは、課長が、千葉の天狗岩の附近から拾って来た貴重な証拠物であった。
 不思議なことに、課長は、博士がそれを盗むところを見ていて、何もしないのであった。わざわざ博士に盗ませたようなものであった。一体、どうしたんだろう。
 博士の姿は、もう室内に無かった。
「課長、追いかけて、あの老人の襟首をつかまえて、連れもどして来ましょうか」
「いや、それにはおよばない」
「じゃあ、追跡しましょうか」
「いや、それも必要ないよ」
 と言って、課長は、衝立のかげから、ゆったりと姿をあらわし、自席へ帰って行く。
「なんだか、さっぱりわけがわかりませんなあ。課長さえよければそれでいいんですが、みすみす、庁内の現行犯のどろぼうを逃してしまうなんて、一体どういうわけなんですか」
 課長は、別に、それに対して返事はしないで、
「おい、どうした。まだ、佐々《さっさ》は、帰って来ないのかね」
 と、佐々刑事のことをたずねた。
「佐々なら、もう、こっちへ帰って来るはずですが……」
 と、掛長が、席から立って来た。そうして課長に向かい、
「あの博士は、とうとうあれを持って行ったようですね」
 と言えば、課長は軽くうなずいた。
 そこへ、戸口が大きな音と共にあいて、佐々刑事がとびこん
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