困ったねえ。『證城寺』をやるか」
「うん、それよりは軽快なワルツでもやるんだね。そして火星人が少しおちついたところを見計《みはから》って、外交交渉を始めるんだね。もういい頃合だと思うよ」
「なるほど、それでは何がいいかな。そうだ、『ドナウ河の漣《さざなみ》』を掛けよう」
 高声器から「ドナウ河の漣」の軽快なリズムが響きはじめると、火星人たちは一せいにしずかになった。そして次第にからだを左右にゆすって、波の寄せるような運動をくりかえすのだった。
 山木が下りて来た。そのあとから張とネッドが下りて来た。
「じゃあ三人で行ってみるかね。君はここにいて、音楽をつづけてくれたまえ」
 山木は河合にそういった。
「大丈夫かい。まだ早いんじゃないか」
「いや、今が頃合いだ」
 自信があるらしく山木はそういって、張とネッドをさしまねくと、大胆にも砂の上をぱたぱたと踏んで、火星人の群へ近づいていった。三人とも、例の大きな円い兜《かぶと》をかぶり、空気服のお尻には太い尻尾をぶらさげて……。
 さあどうなるであろうか。
 果して火星人の群は、山木たちを素直に迎えてくれるであろうか。それとも一撃のもとに、頭を叩き割られてしまうだろうか。河合は音盤の番をしながら、友の後姿と火星人の様子とを見くらべるのに忙しかった。


   初会見


 三人の少年大使は、やがて進めるだけ進んで、火星人の群の前に立ち停《ど》まった。
 あとで山木の語った感想によると、彼はあまり異様な火星人をたくさん目の前に見たので、頭が変になり、気を失いかけたそうである。
 張の感想によると、彼は火星人の身体つきを見て、これはスープで丸煮にして喰べたら、さぞうまいだろうと思ったそうである。
 ネッドはどんなことを考えたか。何とかして火星人をひとり土産にして地球へ連れてかえり、見世物にしたら、さぞお金が儲《もう》かることだろうと思ったそうだ。
 それはさておき、山木はここで火星人に対し一つ敬礼をして親愛の情を示したいものだが、さてどんなかたちをして見せれば、火星人たちはそれを敬礼だと受取ってくれるだろうかと思いなやんだ。
 が、いつまでも思いなやんではいられなかった。そこで彼は、思い切って両手を胸の上に組合わせ、上体を前にまげ、そしてアメリカ語でいった。
「火星の諸君、こんにちわ。ごきげん如何ですか。ぼくたちは地球からはるばる来ました」
 山木がしゃべっている間、張もネッドも、山木と同じようなかたちをして、あいさつをした。
 すると、とつぜん火星人の中から奇妙な声があがった。
「ようこそ来てくれましたね。地球の諸君。お目にかかって、たいへんにうれしいです」
 たいへん流暢《りゅうちょう》なアメリカ語であった。
「おお、ありがとう、ありがとう」
 山木はびっくりとうれしさとで、両手を前へのばして感謝の意をあらわした。だが半信半疑であった。どうして火星人は地球のことばを知り、そしてそれを話すことができるのであろうかと。
 そのとき、火星人の群が、三少年の前で左右に割れた。と、奥からも七人の火星人が、こっちへ進んで来た。見るとその火星人たちは大きな頭の下、つまり首に相当するところに太いマフラーのようなものを巻いていた。一番先頭の者は、白いマフラーを巻き、その他は緑、黄、紫などのものを巻いていた。どうやらこの白いマフラーの火星人が、えらい人物のように見受けられた。
「おもしろい音楽、おもしろい踊り。それをわれわれの目の前で聞かせたり見せたりして下すって、たいへん愉快でした。みんなよろこんでいますよ」
 と、白いマフラーの火星人はいいながら、山木たちの前まで来て立ち停り、鞭《むち》のような手の一本を前にさしだした。
 それは握手をもとめているらしく思われたので山木はちょっと気味がわるかったが、思い切って自分の手をさしのばすと、ぐっと相手の手をつかんでふった。その手ざわりは、かなり冷めたかったが、それでも体温のあることが分った。
「地球のことばを話して下さるので、たいへんよく分ります。そしてうれしいです。ぼくは山木という者です。どうぞよろしく」
「やあ、よくそういって下すって、私もうれしいです。私はギネといって、このミカサ集団の代表者をつとめている者、どうぞよろしく」
 白いマフラーを首に巻いた火星人ギネは、そういって、ていねいにあいさつをした。
 山木はいよいようれしくなって、張とネッドを紹介すれば、ギネも、そのうしろにひかえた六人の職能代表者を紹介した。
 一同の間には、親しい気分が流れた。
「ああ、ギネさんとおっしゃいましたね」
 山木が呼んだ。
「はい、私はギネです」
 白いマフラーのミカサ代表者はこたえた。
「ええ、その……つまり、さきほどはたいへん失礼しました。気持のわるい瓦斯《ガス》をふきだして皆さんを苦しめ、ぼくたちも火星へついたばかりであわてていましたし、そこへ見なれない皆さんがたが押しよせてこられたので、これはたいへんだとちょっと誤解したのです」
「いや、あんなことは大したことではありませんよ。こっちも、じつは誤解をしてさわぎだした者があったのです。とにかく、あっちへ来ていただいて、ゆっくりお話をうけたまわりましょう。また、おもしろい音楽などをたくさん聞かせて下さい」
「はいはい、承知しました」
「が、その前にちょっと伺っておきますが、あなたがたは、いったい何の目的で、私どものところへ来られたのですか」
 ギネは、とつぜん重大な質問を発した。
 山木はぎくんとした。しかしここでうろたえては一大事と、気をしずめて、
「ああ、そのことですか。われわれ地球の者は、じつは何千年も前から、この火星の存在を知っていたのです。しかも火星にはたしかに生物――つまりあなたがたのような方がすんでいるにちがいないと考えまして、早くおちかづきになりたいと思っていたのです。しかし宇宙をとんで来るのはなかなか容易なことではなく、ようやくデニー博士の宇宙艇が完成したので、こんどやって来たようなわけであります」
「ふん。私たちを見たいためだったのですか。それだけですか。外に目的はないのですか」
 ギネのことばは、さっきとはすこし変り、なんだか疑いをふくんでいるように思われた。
「くわしいことは、いずれ後からデニー博士がおはなしすると思います。とにかく火星を訪れたという目的は、地球に一番近い火星人と手をとりあい、火星にないものは地球から送り、またお互いに一層幸福になりたいという考えで、われわれはこっちへ来たのです」
「なるほど。共存共栄ですね。それは結構です。われわれは皆、互いに力になり合わなければなりません。――しかし、あなたがたの来られた目的は、たしかにそれだけでしょうかねえ」
 ギネは、大きな目をぐるぐるっと動かして、しつこく尋ねた。ギネのうしろにいた他の六名の代表者も、身構えらしい恰好になって、山木が何と答えるかと、注意をするどく集めている様子だ。
 山木は、遂にちょっと気をのまれて、すぐには答えられなくなった。
「いや山木さん。じつは私どもは、地球の人たちについて警戒せよとの一つの忠告を受取っているのです。お答えによってはわれわれは重大なる決心をしなければなりません」
 そのことばと共に、七人の火星人の代表者は三少年のまわりをぐるっと取巻いた。
 はじめの調子の良さにくらべて、途中から険悪《けんあく》さを加えてのこの窮迫《きゅうはく》である。少年大使の運命はどうなることか。


   形勢険悪


 一難去ってまた一難!
 せっかく火星人のごきげんを取結んだと思ってほっと一安心したのも束《つか》の間《ま》、急にはげしい怒りにもえあがった火星人。気味のわるいたくさんの顔が、山木、張《チャン》、ネッドの三人に迫ってきた。
 ネッドは顔を蛙のように青くして、こまかくふるえている。山木は、反対にまっ赤になっている。ただ張ひとりは、至極おちついて空気兜の中から、動じない目をギネの方に向けている。
「誰がそんなことをいったのです」と、山木はいよいよまっ赤になって叫び、自分の空気服を叩いた。
「地球から来る者を警戒しろなんて、誰が密告したのですか。ぼくたちは、ごらんのとおり、何の武器も持っていない。またぼくたちの方から、好んで君たちに反抗したことも一度もない……」
「さっき、われわれに毒瓦斯を放出して、ひどい目にあわせたではないか」と、ギネのとなりにいた代表者の一人が、どなりかえした。これはブブンという火星人で、誰よりも背の高い奴だった。
「あれはちがいますよ。ぼくたちは、たった十数人しかいないのですよ。しかもこわれた宇宙艇の中に生残っているだけのことで、これからどうして生命の安全をはかったらいいのかと、途方にくれていたのです。すると君たちが大挙してやって来ました。あのおびただしい人数、あのはげしい勢い。あれで宇宙艇の中へのりこまれたら、わずかに残っている空気もみんな外へ抜けてしまって、ぼくたちは呼吸ができなくなる。おまけに、大切な器械器具材料などをこわされたら、ぼくたちはあらゆる望みを失うことになるのです。だから瓦斯を使ったのです。あの瓦斯は毒瓦斯というほどのものでなく、宇宙艇を保護するために張った防御用の網みたいなものでした。これでお分りでしょう。ぼくたちは、あなたがたの襲撃からぼくたちの身をまもるために、やむなくあのような手段をとったにすぎないのです。あなたがたを、ぼくたちの方から襲撃したわけじゃありません。よく分って下さい」
 山木は、自分の考えをむきだしにぶちまけたのだった。
「いや、どうだかなあ」とブブンはなおも疑いの色をゆるめず「おれたちは、こういうことを聞込んでいる。地球では、人口が殖える一方資源が少くなって、大いに困っている。そのために永年にわたって火星への侵略戦争を用意していたというじゃないか。地球人という奴は全く油断がならないよ」
「そのことも、あなたの誤解です。なるほど地球の人口は多いです。またこれまでに地球上には戦争もたびたびありました。しかし今はもう侵略戦争は根だやしになりました。そのわけは、戦争の惨禍というものが、負けた国の人々にはもちろんのこと、勝った国の人々にもふりかかってくることが分り、戦争は地球上のすべての人々に大きな不幸をもたらすことがよく分ったのです。だからもう戦争には懲《こ》りて、どの国でも戦争を起すことはやめたと宣言しているのです。これで地球には万世の太平が来たのです。この万世の太平は、地球の上だけのことでなく、惑星と惑星の間にも約束されねばなりません。いや、宇宙全体の生物たちは、仲よく助けあって、幸福の道に進まねばなりません。お互いに愛し合い、お互いに助け合う気持さえ起れば、戦争などという不幸な手段によらずに、おだやかな話し合いで万事うまく解決すると信ずるのです。人口過剰問題も資源不足問題も、互いに助け合う心さえあれば、必ず解決すべきことです。ぼくはかたくそう信じます」
 山木は、いよいよ顔を赤くして、自分の信ずるところを述べたてた。
「じゃあ聞くがね、君たちはなぜこの火星へことわりもなしに侵入したのだ。来るなら来るで、前もってこっちの都合を聞き、よろしいという返事を待った上で来るのがいいじゃないか。それをことわりなしに入って来るなんて、やっぱり君たちは侵入者だとしか思えない」
 ブブン代表は、一歩もゆずらない。なるほど、デニー博士の宇宙艇はことわりなしに火星着陸をやったのであるから、そういわれると弁解の道がない。
 だが山木は言った。
「それは無理です。なぜといって、ぼくたちには火星人がどんな言葉を使っているか、全然知らなかったのです。それをどうして知るか、その方法はなかったから、いきなり火星へ宇宙艇を乗りつけたのです。第一、ぼくたちには火星にあなたがたのような人々が住んでいるかどうか、それさえ分っていなかったのですからねえ」
「はっはっは」とブブンは反《そ》り返って笑った。
「火星人の言葉も研究しないで、いきなり侵入して来るなんて、なんという野蛮
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