髭《ほほひげ》顎髭《あこひげ》の中から、疲れた色を見せていた。長身|猫背《ねこぜ》を丸くし、右手ににぎったステッキで歩行をたすけている。これが、かの有名な火星探険協会長のデニー博士の姿である。
「おや、火星会長のデニー博士だぜ、なぜこんなところへやって来たのかな」
 牛頭大仙人の鎮座するけばけばしい装いの箱車をや少し離れたところから見物していた町の中年の男が、眉をあげていった。
 その傍に山木と河合が立っていた。そしてこの言葉を聞きとがめた。
「なに、火星会長、火星会長とは、どういう意味ですか」
 その男はジグスといって、エリスの町に住んでいる靴屋の大将だったが、こういう事柄について何でも知っているのが自慢だった。
「火星会長を知らないのかね、くわしくいえば、火星探険協会長さ、あのよぼよぼ爺さんがまだわし[#「わし」に傍点]のように若かった頃――そうさ、今から三十年前のことだが、その頃からあの博士は火星にとりつかれて、火星探険の熱ばかりあげているんだ」
 わし[#「わし」に傍点]のように若いといったジグスは、そう若くもなく、頭のてっぺんで髪が禿げていた。
「へえ、そうですか、それでデニ
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