の前に、ざっくばらんに事情をぶちまけた。
「はははは、それはむずかしい相談だ」老人は頭を左右へ大きくふった。
「だがね、理屈《りくつ》に合ったことをやるのが一番だよ、つまりでたらめのことはやらないがいいってことだ。おれの着ているこのさしこの頭巾《ずきん》や、はっぴを見なよ。これは昔の人が工夫してこしらえたもので、これを水にずぶりとぬらせば、どんな焔の中へとびこんでも大丈夫なんだ。そういう工合に理屈のあるものは、今でもすたらないんだ。だからよ、坊やも考えて、これは理屈に合うなと思ったら、それをどんどん実行にうつすんだ。おれなら何を売るかな。そうだ、花を売っちゃどうだい」
「花? 花ですか、あのきれいな花を?」
「そうだ、その花だ。切花《きりばな》でもいい。鉢植《はちう》えでもいい。これは理窟に合っているぜ」
「へえッ、どこが理窟に合っています」
「だってそうじゃないか、このとおりの焼野原だ。殺風景《さっぷうけい》この上なしだ。これをながめるおれたち市民の心も焼土のようにざらざらしている。そこへ花を売ってみねえ。みんなとびついて来るぜ。やってみりゃ、それはわかる。……先をいそぐから、これであばよ」
 さしこ頭巾《ずきん》の老人は、そういうとすたすたと向うへ行ってしまった。
「花を売るのか。なるほど」源一は、かんしんしたようにつぶやいた。


   郊外《こうがい》へ


 いよいよ花を売ることにきめた源一だった。しかし花などというものがこの東京に――いや、この日本にあるのだろうかと源一は首をかしげた。
 東京はこのとおり焼けてしまって、どこをみまわしても一輪《いちりん》の花さえみあたらない。そうではなくても、食糧不足のためにどんなせまい土地にも野菜を植えろ植えろといわれつづけて来たので、野菜こそどこにもはえているが、花は全《まった》くみあたらない。花なんか植えてあると、花どころじゃないよ、そんなものは早くぬいて、ねぎ一本でも植えておけ、としかられる。
「花? 花なんて、どこにもないねえ」
 源一は、がっかりして焼跡にしゃがみこんだ。そのうちに、つかれが出て、うとうととねむってしまった。
 どのくらいねむったか知らないが、源一はふと目をさました。
「そうだ。花は咲いているにちがいない。あのさしこのおじいさんは、まさか出来ないことをいうはずがない。――それにああ、僕は今ゆめの中で花がいっぱい咲いた春の野原をとびまわって遊んでいたのだ。れんげ草や、たんぽぽやクローバーやいろんなものが咲いていたよ。そうだ、野原へ行けば花は咲いているにちがいない」
 ゆめの中に、源一は花のあるところをみつけたのだった。
 彼は元気づいて立ち上った。そしてオート三輪車にひらりとまたがると、エンジンを音高くかけて出発した。
 もうもうと、焼け灰を煙のようにかきまわしながら、源一ののった車はどんどん郊外《こうがい》の方へ走っていった。
 赤坂《あかさか》から青山の通りをぬけ――そこらはみんなむざんな焼跡《やけあと》だった――それから渋谷《しぶや》へ出た。渋谷も焼けつくしていたがおまわりさんが辻《つじ》に立っていた。そこで源一は、車を下りて、おまわりさんにたずねた。
「おまわりさん、花がいっぱい咲いている野原へ行きたいんですが、どこへ行けばいいでしょう」
「ええッ、花だって。この腹ぺこ時代に、花なんかみても腹のたしになるまいぜ。それとも、主食《しゅしょく》の代用に花でも食べるつもりかね」
 おまわりさんはおどろいていたが、それでも親切に、花の咲いていそうな野原は、これから二キロほど先の三軒茶屋《さんげんぢゃや》よりもうすこし先のところから始まって、多摩川《たまがわ》の川っぷちまでの間に多分みつかるだろう、と教えてくれた。
「ありがとうございました」
 源一はうれしくて大きな声でお礼をいうと、再び車にうちのって走りだした。しかし、行けども行けども、あいかわらずのひどい焼跡つづきで、だんだん心細くなって来た。
 こんな時に花をさがしに走っている自分が、世界一のまぬけな人間のように思われて来るのだった。


   れんげ草《そう》


「三軒茶屋《さんげんぢゃや》は、まだでしょうか」
 源一は、とちゅうでオート三輪車をとどめて、道ばたにぐったりなって休んでいる大人に声をかけた。
「三軒茶屋だって、三軒茶屋はもう通りすぎたよ。ここは中里《なかざと》だよ」
「へえッ通りすぎましたか」源一のおぼえている三軒茶屋は、大きな建物のならんだにぎやかな町だったが、それも焼けてしまって、ぺちゃんこの灰の原っぱになったため、通りすぎたのに気がつかなかったらしい。「多摩川へ行くのは、こっちですかね」
「多摩川だね、多摩川なら、これをずんずん行けば一本道で二子《ふたこ》の大橋へ出るよ」
「あ
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