常に智的な人物ばかりなんだ。だから若《も》しちょっとこっちが油断をしていれば、たちまち逆に利用されてしまう。全く油断も隙もならないとはこのことだ。そして相手はみんな生命がけなんだから、あぶないったらないよ。しかも相手の人数は多いし、組織はすばらしくりっぱで、あらゆる力を持っている。そういう相手に対し、われわれ少人数でぶつかって行くんだから、本当に骨が折れる」
「なんかその辺で、差支《さしつか》えない話でも出てきそうなものじゃないか」
と僕がすかさず水を向けると、彼は新しい莨《たばこ》に火をつけながら、
「うん、一つだけ話をきかせようかな。これは八、九年前に僕自身が自演した失敗談だ。例の手剛《てごわ》い相手どもが如何に物を考えてやっているかという一つの材料になると思うよ。しかも僕としては、いまだかつて、これほど頭をひねった事件はなかったのだ。脳細胞がばらばらに分解しやしないかと思ったほど、いやもう頭をつかった。――しかも後でふりかえってみると、実に腹が立って腹が立ってたまらないくらい、僕ひとりで独楽《こま》のようにくるくる廻っていたという莫迦莫迦《ばかばか》しい精力浪費事件なのさ」
帆村はそういって、心外でたまらぬという風に大きな脣《くちびる》をぐっと曲げた。
ぜひ聞かせてもらいたいというと、彼は、
「うん、話をするが、この事件は結局いくら莫迦莫迦しくったって、さっきもいうとおり僕が取扱った事件の中で一番骨身をけずって苦しんだ事件なんだから、そこに深甚なる同情を持って君もゆっくり考えながら終りまで黙って聞いてくれなくちゃ困るよ」
と、いつになく彼は僕に聞き手としての熱意を強いるのであった。
もちろん僕は大いに謹聴すると誓ったが、これから思うと、その事件において帆村は、よほど、にがにがしい苦杯を嘗《な》めたものらしい。
以下、帆村の物語となる。
秘密の人
恐らく、あの頃から後の数年が、一番多種多様の諜報機関が、国内で活動した時期だと思う。国際関係のものは勿論のこと、営利専門のものもあるし、情報通信のもの、経済関係のものなどと、ずいぶんいろいろの諜者《ちょうじゃ》が活躍をしていた。時には同士討《どうしうち》もあって面白いこともあった。
およそ相手方の諜者にやらせてならぬことは、こっちの秘密を知られることと、これを相手方の本部へ通達されることの
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