や、下駄のかち合う音が、そこら近所に騒々しく湧きおこった。
 帆村が一歩足を踏みこんだところで、靴先にカタリと当たる何物かを蹴とばした。懐中電灯で探してみると、それはダンディ好みの點火器《ライター》だった。彼は手帛《ハンカチ》をだして、それを拾いあげると、ポケットに収いこんだ。これも事件の謎をとく何かの材料かもしれない。
 店をとおりすぎ、洋酒瓶の並ぶうしろに、三階へつづく螺旋階段《らせんかいだん》があった。二階へも別な階段があったが、二階と三階とを通ずる階段はなかった。帆村は螺旋階段に手をかけると、スルスル三階へ登っていった。
「やあ、――」
 三階をのぼりきった室には、けばけばしい長襦袢を着た三十ぢかい肥肉《ふとりじし》の女が、桃色の夢がまだ漂っているようなフカフカした寝床の上に倒れていた。その横に、も一つ寝床があるが、そこに寝ている人の姿はなかった。
「君、しっかりなさい、どうしたんです」
 帆村は女の艶《なまめ》かしい肩を叩いた。
 すると女は、ますます顔を夜具の中に埋めるようにして全身を戦《おのの》かせながら、左手をツとあげて、無言のまま表口寄りの隣室を指すのだった。さてはこの隣に、屍体が転っているのであるか。
「おお、これは――」
 帆村は、隣室の襖に手をかけたが、これは頑として動かなかった。よくみると、襖は襖だが、特製のもので、こっちからみると紙が貼ってあるが、裏の方は檜材かなにかの堅い板戸になっている。その板戸に内部から錠前がかかっているのだった。なんという厳重なしまりをしてある室なんだろう。
「君、鍵はありませんか」
 女は布団に顔を伏せたまま、かぶりを振るばかりだった。帆村は、ジリジリしてくる心をやっと押えつけながら、室のうちを、あちこちと見廻したが、襖がすこし開きかけている押入に気がつくと、急に眼を輝かしたのだった。
 それは江戸川乱歩が「屋根裏の散歩者」を書いて以来、開けた自由通路だった。押入の襖を開くと、女給の化粧道具や僅の梱などが抛《ほう》りこまれてある二重棚の上にとびあがった帆村荘六は、天井板を一枚外して天井裏にもぐりこんだ。それから、厳重なしまり[#「しまり」に傍点]のある隣室と思われる方向へ、腹這いになってすすんでいったが、電線のようなものに、片手を挟まれた拍子に懐中電灯をパタリと落してしまった。
「ちえッ!」
 光は消えて、帆村の
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