寝ていたが、今一つには誰が寝ていたか。それはナンバー・ワンの女給ゆかり[#「ゆかり」に傍点]の布団なんだろうが、入ってたのは別人だった。いいかね。この帆村君は、さっき四時前に、ここから長身の男が逃げてゆくのを発見したんだ。つづいてライターをこの家のうちで拾った。すると、こっちの布団(と、一方の寝床を指しながら)には、その背の高い、そのライターの持ち主が寝ていたのだ。もしそのライターがネオン屋の一平のだったら、お前さんはここで一平と寝てたことになるよ、それでいいかい」
「まァ、誰が一平なんかと……」
「もう一つお前さんに見せたいものがある」
そう言って大江山警部は帆村に目交せをして屋根裏で拾ったピストルをおみねの前につきつけた。
「このピストルを知らないかい」
「ああ、これは……。これこそ一平のもってたピストルです。あいつは、これでいつかあたしのことを……。あたしのことを……」
おみねはなにを思い出したものか、ヒステリックに喚きだした。
「やっぱし、あいつだ。あいつだ。一平が主人を撃ったのです。その外に犯人はありません。そうなんですよオ、そうなんです」
「これ、おみねさん、しっかりしないか。おい外山君、この婦人を階下へ連れてって休ませてやれ」
おみねが去ると、三階には係官一行と帆村探偵とだけが残った形になった。
「どうだ帆村君」大江山警部はにこやかに呼びかけた。
「これは単なる痴情関係で、一平が女給ゆかり[#「ゆかり」に傍点]の身代りにこの寝床にもぐっていて、頃合を見はからって、屋根裏にのぼり、主人の虫尾を射って逃げ、その途中で入口にライターを落とし四つ辻では君に見咎《みとが》められて、逃走したと解釈してはどうかね」
「だが、同じ逃げるものなら、どうして寝床にぬくぬくと入っていたのでしょう。隠れるところはカーテンの後でも、押入の中でもいくらもありますよ」と帆村は反駁《はんばく》したのだった。
「うん、そいつはこう考えてはどうか。すこし穿《うが》ちすぎるが、あの夜、おみねは虫尾の寝床で彼の用事を果すと、この部屋に退いた。爺さん便所に立つときに、隣りの布団をみて(ゆかりの奴、寒がりだから頭から布団をかぶって寝てやがる)と思った。それから再び自分の室に入ると、脅迫状が恐いものだから、厳重に錠をおろして寝た。そこでおみねは、先客の一平が寝ているゆかりの布団へもぐりこんで
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