本当の姿は見えません」
「あれが切り口ですか。切り口が立体《りったい》になっているのですか」
「へんなようだが、すこし考えると、わけが分ります。ほら、またあらわれましたよ。こんどは長椅子《ながいす》の上のところだ」
博士の声に、ヒトミと東助は、またさっと顔を青くして、その方をながめた。
なるほど長椅子のすこし上になる空間に、飛行機のエンジンのようなものがあらわれた。それが見ているうちに横へのびて、一本の長い棒となった。
するとその棒が、間もなく縮んで、もとのとおりの、飛行機のエンジンみたいな形になった。それからまた棒になった。そういう変化を、規則正しくくりかえすのであった。やっぱりおどろかされるが、さっきのモルネリウスみたいに気味はわるくない。
「見えますね。あれは四次元世界で使っているエンジンの切り口であります」
やっぱり切り口は立体だから、あのように見えるのだろう。ふしぎである。
「こわいですか。こわければ、もう引返しましょうか」
博士は、きいた。
東助とヒトミは、目を見合わせた。こわいことはこわいが、それをしのんで、ふしぎな四次元世界の切り口をもっと見てまわりたい気もした。二人は、どう決めるであろうか。
一番小さい世界
「ポーデル博士。またきました」
「おう、東助君にヒトミさん。よく日をまちがえずにきましたね」
東助もヒトミも、ポーデル博士の力を借りないでも、樽ロケットの中へずんずんはいっていけるようになった。
「毎月ふしぎの国探検の日のくるのを、待ちかねているんです」
「そうですか。わたくし、へんなところばかり、君たちに見せます。いやになりませんか」
「いいえ。ぼくは、もっともっとふしぎな国を見たいです」
「あたしも、そうよ。先生が案内して下さるふしぎの国は、今まで話にきいたこともないし、本で読んだこともない所ばかりで、ほんとにふしぎな国ばかりなんですもの。今日はどんなところへつれていって下さるかと、ほんとに待ちかねてますわ」
「ほッほッ。そうですか。じつは、君たちには、すこしむずかしすぎはしないかと、わたくし心配しています。しかし新しい日本の子供さんがたには、ぜひ見ておいてもらいたいものばかりです」
「ポーデル博士。ぼくたちが腰をぬかすほどの大ふしぎ国へつれていって下さい」
「今日は、どこですの」
「ほッほッ。君たち、今日はたいへん先を急いでいますね。それでは、すぐでかけましょう。今日は、のぞき窓をあけますから、その窓から外を見ているとよろしいです」
博士は、二人の席の前に、一つずつ丸い窓をひらいてやった。もちろんガラスがはまっていた。その窓から外を見ると、樽ロケットのまわりをとりかこんでいるれんげ草やたんぽぽのまっさかりの野原が見えた。
「さあ、でかけます。どこへいくのか、窓からよく見ているとおもしろいです」
博士は操縦席について樽ロケットをしずかに進ませはじめた。
ふしぎなことが起った。窓から見ている花がだんだん大きくなっていった。樽ロケットが花に近づいているにはちがいないが、それだけともちがう。やがて一つのたんぽぽの花が窓いっぱいにひろがった。
「おやおや、顕微鏡をのぞいているようだ」
東助はふしぎがった。
花は、もっともっと大きくなった。花べんが窓いっぱいになった。それからもっと大きくなって、花べんのつけ根のところにとまっている水玉が、窓一ぱいにひろがった。
「まあ、きれいだこと。顕微鏡で見た世界の中へはいっていくのね」
「そうです。物質の中へはいっていくのです。今に分子が見え、それから原子が見え、それからついに原子核《げんしかく》と、そのまわりをまわっている自由電子の群が見えます。それは今の世の中において、一番小さな世界ですよ」
博士が、はじめてこれから案内する世界のことを説明した。
たんぽぽの花びらの細胞《さいぼう》らしいものが見えた。それがどんどん拡大されていって、やがて大小の球がたくさん見えるようになった。それがもっともっとのびていって、球の大きさが大きくなり、そして数が減《へ》った。
やがてまん中に、動かない小さな塊《かたまり》が一つあらわれ、そのまわりを小さい球が一つぐるぐるとまわっている。
「おや、これはなにかしらん」
「それは水素の原子です。まん中のが水素の原子核です。陽子《ようし》ともいいます。そのまわりをまわっているのが電子です。電子は世の中でいちばん軽いものです」
「ずいぶん小さい世界へきたものだなあ」
「そのお隣《とな》りに、すこしちがった原子がありますよ。これがそうです」
樽ロケットが隣りへ動くと、こんどはそこに、まん中に一つの動かない塊《かたまり》があり(水素の核《かく》よりも十数倍大きい)、そのまわりに八個の小さい球(電子だ)が、ぐるぐるとまわっていた。それが、三つの輪になってまわっていた。なんだか、太陽のまわりを地球や火星などがまわっているのに似ている。
「これはなんという原子ですか」
「酸素の原子です」
「おやおや、これが酸素ですか」
「ウラニウムの原子は見えませんか」
「ウラニウムは、ここにはないから、見えません。ウラニウムは、外をまわっている電子が九十二個あって、それが十七の軌道《きどう》に分れてまわっています。もちろんウラニウムの原子核はずっと重いです。水素の核の二百倍ぐらいあります」
「ポーデル博士。これより小さい世界はないのですか」
「ありませんね。これが極微《きょくび》の世界でございましょうね」
「もっと、いろいろの原子をのぞいてみたいわ」
「ああ、それはこの次にしましょう。じつは、これからたいへん遠いところへ旅行にでかけるのです。早くいかないと間にあわないかもしれません」
太陽系横断
「たいへん遠いところというと、どこですか」
「先へおしえましょうか。これから、大宇宙のはてまでいってみましょう」
「えっ、大宇宙のはてですって。なるほど、これは遠いや。一番遠いところだ」
「どのくらい遠いのかしら」
「ここからはかった距離が二億五千万光年――というと、光の早さで走って二億五千万年かからないと、いきつかないところです。たいへん遠いですね」
「光はずいぶん早く走るんでしたわね」
「一秒間に、地球のまわりを七回半ぐらい走ります。数字でいうと、一秒間に三億メートルです」
「まあ、たいへん。そんな遠くまで、いけますの。あたしたち、途中で死んでしまいますわ」
「そうだ。人間は長生きをしても八十年か九十年だ。だから二億五千万年も走りたくても、生命がつづかないや」
「それは心配いりません。わたくしの樽ロケットは、光よりも早く走ります。一億光年を一分間で走ることもできます。よく見ておいでなさい」
ポーデル博士は自信ありげにいった。
「では、ぼくたちの生命は大丈夫ですね。また帰ってくるまで、大丈夫ありますね」
「東助君、生命のこと、たいへん心配しますね」
「だって途中で生命がなくなっては、来月から『ふしぎ国探検』ができなくなりますからねえ」
「ほう、そうですか。では、あと十五分で、もとの原へもどしてあげます。だから心配いりません。さあ、それでは極微の世界にお別れして、逆《ぎゃく》の方向へとびますよ」
博士がそういって、レバーを切りかえると、東助とヒトミのからだは、ほんのすこしの間だけだったが、大きな力でおしつぶされるような感じをうけた。二人はびっくりして、窓にかじりついた。
その二人の目の前に、さっきとは逆に、水玉が見えたと思うと、次はそれが黄色い花びらになり、もっと縮まってたんぽぽの花になった。それはもっともっと縮んで、たんぽぽとれんげ草の花畑《はなばたけ》となり、もっともっと縮んで飛行機から見下ろした武蔵野の風景となり、それから南と北に分れて太平洋と日本海が藍色《あいいろ》に見えだした。
あれよあれよといううちに、スピードはいよいよ増して、地球が大きな球になって見えだした。その地球も、どんどん小さく遠くなっていって、そのそばを月がぐるぐるまわっているのが見えだした。
「ははあ、愉快だ。さっき見た水素原子そっくりだな」
東助はもういい気分にもどっていて、窓をたたいてよろこんだ。
「なぜ、水素原子の原子核と電子の関係と、地球と月の関係がそっくり似ているのかしら。東助さん、分って」
「ぼくには、分らないね。ふしぎだねえ」
「博士におたずねしようかしら」
「やあやあ、ヒトミちゃん。左の方から太陽がでてきたよ。明るい大きな太陽だ。ぼくたちは、今太陽のすぐそばをとんでいるんだぜ」
なるほど、そのとおりだった。火星も小さく見えてまわっている。金星も見える。水星も見える。すごい宇宙の姿だ。――いや、これをすごいなどというのは正しくない。そのあとのすごさにくらべたら、なんでもないのだ。
「太陽から、だんだん遠くなっていきますよ」
博士が操縦席からいった。
「あれは何かしら。大きな星だ」
「あれは木星です。反対の側をごらんなさい。大きな光る輪をもった星が見えるでしょう」
「ああ、見えますわ。あれは土星ね」
「そうです。気味のわるい星ですね。もうすこし先へいくと、かわった星が見えますよ。ああ、見えてきました。左の前方をごらんなさい。ぼーっと、光の尾をひいた星が見えますでしょう」
「ああ、見えます、見えます。彗星《すいせい》ではないのですか」
「そのとおりです。ハレー彗星です。かなり大きな彗星です。だんだん大きく見えてきますでしょう」
「ああ、すごいなあ。いつだか、あのハレー彗星は地球に衝突しそうになったのでしょう」
「千九百十年でした、あれは。今から三十八年前のことです。おう、海王星が見えてきました。その右側に冥王星も見えます。冥王星は太陽系の九つの大きな遊星《ゆうせい》のうち、一番外側にある星です。どうですか、東助君、ヒトミさん。こうして太陽系を見わたした感じは……」
「すごいという外《ほか》、いいようがありませんねえ」
「背中が寒くなりますわ。広い大きな空間ですわねえ」
「おどろくことは、まだ早いです。こんどは太陽系をはなれて、もっと外へでてみましょう」
宇宙のはてへ
「あの、ダイヤモンドをちりばめたようなきらきらした長い帯が、上から下へ、長くつづいていますね。あれは何か知っていますね」
「知っています。天の川です、銀河ともいいます」
「そうです。銀河です。銀河はどんなものか知っていますか」
「銀河は星の集っているところでしょう」
「それにちがいありませんが、どのくらい星が集っているか、分りますか」
「さあ。ずいぶんたくさんのきらきらした星が輝いていますね。ええと、一万――いや十万ぐらいかな」
「もっとたくさんよ。百万はあるでしょう。ねえ、ポーデル先生」
「もっともっとたくさんです。約二千億もあります」
「二千億ですって。まあ、おどろいた」
「あの一つ一つの星が、太陽と同じように光っているのです。つまり二千億の太陽があのとおり輝いているのです」
「ふーン。すると銀河というのは、ずいぶん大きいものですね」
「直径が十万光年あるのです。銀河の端《はし》からはしへいくのに、光とおなじ早さでとんでも、十万年かかるというわけです」
「すごいなあ。ぼくは銀河の大きさを考えると、頭がへんになります。そしてあの光っている二千億の太陽には、それぞれいくつかの遊星がまわっているんでしょう。考えてみると地球なんて小さなものですね」
東助はため息をついた。
「ポーデル先生。銀河でないところに光っている星は、どういう星ですの」
「銀河からはなれている星でも、じつは銀河系に属する星があります。そのほかに、銀河系でない星や星団《せいだん》もあります。それがよく見えるように、銀河をはなれて遠くへ、この樽ロケットをとばしましょう。すると銀河の形がよく見えます」
ますますものすごいスピードで、樽ロケットは、暗黒の大宇宙をとんでいった。
「東助君。ヒトミさん。地球の位置をよくおぼえていて下さい。太陽を見忘れないようにして下さい。
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