ふしぎ国探検
海野十三
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)やけ野原《のはら》
|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)操縦|桿《かん》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)発見したというあれ[#「あれ」に傍点]でしょう」
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夏休の宿題
やけ野原《のはら》を、東助《とうすけ》とヒトミが、汗をたらしながら、さまよっていた。夏のおわりに近い日の午後のことで、台風《たいふう》ぎみの曇《くも》り空に、雲の行き足がだんだん早くなっていく。
東助少年は手に捕虫網《ほちゅうあみ》をもち、肩からバンドで、毒ビンと虫入れ鞄とを下げていた。ヒトミの方は、植物採集用のどうらんを肩から紐《ひも》でつっていた。この二人の少年少女は同級生であるが、夏休みの宿題になっている標本がまだそろわないので、今日はそれをとりにきたわけだった。
東助の方は、今日はどうしても、しおからとんぼか、おにやんまを、それからどんな種類でもいいから、あげはのちょうを捕る決心だった。ヒトミの方は、ぜひ、かや草と野菊とをさがしあてたいとおもっていた。
だが、二人のもとめているものは、いじわるく、なかなか手にはいらなかった。
「だめだわ、東助さん。こんなにさがしてもめっからないんだから、もうあきらめて帰ろうかしら」
と、ヒトミががっかりした調子でいった。
「いや、だめ、だめ。もっとがんばって、さがしだすんだよ。これだけ草がはえているんだから、きっとどこかにあるよ」
「そうかしら。だって東助さんも、まだとんぼがつかまらないんでしょう」
「とんぼのかずが少いんだよ。それに、みんな空の上をとんでいて下へおりてこないんだ」
「やけ野原でさがすことが無理なんじゃないかしら」
「だってしようがないよ。この近所で、やけ野原じゃないところはないんだから」
「それはそうね」
ヒトミは、まぶしく光るやけ野原を見まわして、ため息をついた。東助は、またとんぼににげられてしまった。
「ヒトミちゃんの理科の宿題論文は、なんというの」
東助は、きいた。
「理科の宿題論文? それはね、『ユークリッドの幾何学について』というのよ」
「ユークリッドの幾何学についてだって。むずかしいんだね」
「それほどでもないのよ。東助さんの方の宿題論文はなんというの」
「僕のはね、『空飛ぶ円盤と人魂《ひとだま》の関係について』というんだ」
「空飛ぶ円盤と人魂の関係? まあ、おもしろいのね」
「おもしろいけれど、僕はまだどっちも見たことがないんだもの。だから書けやしないや」
「あたしね、人魂の方なら一度だけ見たことがあるの」
「へえーッ、本当? ヒトミちゃんは本当に人魂を見たことがあるの。その人魂は、どんな形をしていたの、そして人魂の色は……」
「あれは五年前の八月の晩だったわ。お母さまとお風呂《ふろ》へいったのよ。その帰り路、竹藪《たけやぶ》のそばを通っているとね――あら、あれなんでしょう、ねえ東助さん。あそこに、へんなものが飛んでいるわ。あ、こっちへくる」
急に人魂の話をやめたヒトミが、空の一角を指《ゆびさ》しておびえたような声をあげた。
「え、なに? どこさ」
たおれた石門の上に腰を下していた東助が、おどろいて立上り、ヒトミの指す方角を目で追った。
「あそこよ、あそこよ。ほら、空をなんだか丸いものがとんでいるわ。お尻からうすく煙の尾をひいて――」
「あッ、あれか。あ、飛んでいる、飛んでいる。飛行機じゃあない。へんなものだ。へんなものが空を飛んでいく」
東助少年は見ているうちに、寒気《さむけ》がしてきた。それは色の黒っぽい丸みのある物体だった。それは何物か分らなかった。お尻のところからたしかに茶色がかった煙がでている。そしてそれは一直線には飛ばないで、ぶるんぶるんと三段跳びみたいな飛び方を空中でしていた。
「東助さん。あれが、『空飛ぶ円盤』じゃない?」
ヒトミがさけんだ。
「そうかしらん。僕も今そう思ったんだけれど、『空飛ぶ円盤』ともすこしちがうようだね。だってあれは円盤じゃないものね。ラグビーのボールを、すこし角《かど》ばらせたようなかっこうをしているもの」
「西洋のお伽噺《とぎばなし》の本で、あんなかっこうの樽《たる》を見たことがあったわ」
二人がそういっているうちに、その怪《あや》しい物体は気味《きみ》のわるい音をたてて近づいてきたが、そのうちに、急にすうーッと空から落ちてきた。二人が立っていたところから五十メートルばかりはなれた大きな邸宅《ていたく》のやけあとの、石や瓦《かわら》のかけらが山のようにつみかさなっているところへ、どすんと落ちた。
たしかに落ちたことは、二人が目でも見たし、またそのあとで地震のような地ひびきがして、二人の足許から気味わるくはいあがってきたことでも知れる。
東助とヒトミは、恐ろしさに顔色《かおいろ》を紙のように白くして、たがいに抱《だ》きあった。
空飛ぶ怪物
それから後、もっと恐ろしいことが起るのではないかと、二人はかくごしていた。
しかしその後、べつに恐ろしいことは起らなかった。音もせず、光りもせず、静かな広々とした一面のやけ野原がねむっているだけのことであった。
東助とヒトミは、ようやく気をとりなおして、左右にはなれた。そして二人は、おたがいが今見たことについて語りあった。二人は全く同じものを見、そしてそれが落ちた場所についても意見が一致することをたしかめた。
「いってみようか、落ちたところへ。きっとあれは『空飛ぶ円盤』の一種だろうから、今見ておけば僕の書く論文の参考になるからねえ」
東助は元気づいて、そうまで思うようになった。恐怖の念は、いつの間にか消えてしまい、それにかわって、ぜひそのふしぎな物体を近くで見たいという好奇心が、むくむくとあたまをもたげてきた。
ヒトミも、もともとメソ子ちゃんの組ではなく、なにごとにもどんどんとびこんでいく方の明るい性質の少女だったから、東助がそういいだすと、ヒトミもおもしろがって、早くあそこへいってあれをひろいましょうといって、足を向けた。
二人は駆《か》けだした。だれかにひろわれては損をすると思ったからだ。しかしよく考えてみると、この広々としたやけあとは無人《むじん》の境《きょう》としてほってあるので、さっきから長い間、二人のほかに一人の人影もみなかったほどである。だからひろわれることもあるまいと思われた。
二人の足は、しだいにおそくなった。それは、あのあやしい物体の落ちた近くまできたので、気味がわるくなったわけだ。二人はいつの間にか、としよりのように前かがみになり、全身を神経にして、用心ぶかく一足一足近づいていった。
たしかに、ここだと思うところまできた。しかるに、あのあやしい物体は見つからないのであった。
「へんだねえ。たしかにここんところへ落ちたんだがね。ねえヒトミちゃん」
「そうよ。むこうから見ると、あの太い焼棒《やけぼう》くいと、こっちの鉄の扉との間だったから、どうしてもこのへんにちがいないと思うわ」
「でも、見つからないね、まさか消えてしまうはずもなし、どうしたのかしらん」
二人は、ふしぎに思って、そこらをさがしまわった。が、ないものはなかった。あるのは瓦や石っころやさびた鉄ばかり。二人は夢を見たのであろうかと、うたがった。
そのときヒトミが東助をよんで、地上を指した。
「東助さん。ここに穴があいているわ。この穴の中へころげこんだんじゃあない」
「なるほど、穴があるね。これかしらん」
と、東助が穴の方へ近よったとき、ふいに足の下がくずれだした。ヒトミが手をだして東助をすばやく手許《てもと》へひっぱってやらないと、東助は穴の中へ落ちこんだことであろう。
土がくずれて、あとにできた穴は大きかった。一坪《ひとつぼ》ぐらいの穴になった。どうしたわけかと二人がのぞきこむと、どうやらそこは地下へおりる階段があるらしく思われた。そしてその底はまっくらで、何があるのか分らなかった。
ここまでつきとめたことだから、二人はもういくところまでいく決心をした。
二人は持っていた捕虫網やどうらんをそこへおくと、砂や石ころのざらざらする階段を、そろそろと下りていった。
長い階段をようやくおりきると、そこはがらんとした地下室になっていた。そしてどこからか一道の光がさしこんでいて、しばらくすると二人の目がやみになれて、室内をどうやら見定めることができるようになった。
このだだっぴろい地下室には、なんにも残ってなかった。――いや、一つだけあった。奥の隅《すみ》っこに、一つの黒ずんだ樽《たる》がちょこなんと床の上におかれてあった。二人は同時にそれを発見したので、同時にびっくりして、両方からよりあって、手をにぎった。
「あれが空を飛んでいたんだ」
「そうよ。やっぱりこの穴へ落ちこんだのね。なんでしょう、樽みたいだけれど……」
「そばへよって、よく見てみよう。だけれど時限爆弾じゃないかなあ」
「そんなものが今空をとんでいるはずはないわ。きっと樽よ。中にお酒か、金貨《きんか》が入っているんじゃない」
「よくばっているよ、ヒトミちゃんは。そばへよってから、どかんと爆発して、死んでしまっても知らないよ」
「だって、ただの樽の形をしているわ。きっとぶどう酒が入っているのよ」
「ぶどう酒が入っている樽が、どうして空をとぶんだい。へんじゃないか」
そういっているとき、とつぜん樽に小さい煙突《えんとつ》みたいなものがはえた。と思ったら、にわかにどろどろとあやしい鳴りものがし、ぴかぴかと電光が光った。
「あッ」
「東助さん」
とつぜんの変事に、二人はしっかり抱《だ》きあった。しかし二人の目は、樽からはなれなかった。
その時、樽の煙突からすうッと白い煙がでて、高くのぼった。と、その煙の中から、大きな人の顔があらわれた。鼻の高い、ひげもじゃの、あまり見かけない顔だった。
何者であろうか、その怪人《かいじん》は?
怪《あや》しい博士
ほんとうのことをいうと、東助とヒトミは気をうしなう一歩手前までいった。しかしそれをようやくがんばることができた。二人は見た。樽の煙突の中からたちのぼった白い煙の中から、背の高い怪人があらわれて、そばに立ったことを。
「あなたがた、こわがること、ありましぇん。わたくし、ポーデル博士であります」
怪《あや》しい人は、そういって、二人の方に笑って見せた。彼は外国人のようであった。脂《あぶら》ぎった白い顔に、ほほひげがもじゃもじゃだ。大きな鼻の上に、黒い眼鏡をかけている。頭の上には、小さな四角い大学帽がのって、上から赤い房がたれている。そういえば、この怪人は肩から長い緋色《ひいろ》のガウンを着ていた。白い顔と白いカラーが、赤い房と緋色のガウンによくうつる。しかし彼の顔はどこまでも気味がわるい。
「わたくし、あなたがたにあうために、この土地へきました。あなたがたを、おもしろいふしぎな国へあんないいたします。あなたがた、わたくしについてきます、よろしいですか」
ポーデル博士は、そういって、しきりに手を樽の方へふってすすめる。
東助とヒトミは、そのときまで声をだすことさえできなかったが、あまりおそれていてもよくないと思ったので、東助はヒトミに目くばせをして、怪人の方へすすみよった。
「あなたは、いったいどなたですか。ポーなんとか博士とおっしゃいましたが、どこの国の方ですか」
東助は、なるべく気をおちつけようとつとめながら、一語一語をはっきりいった。
「わたくし、ポーデル博士です。ポーデル博士という名前、よびにくいですか。それならば、ポー博士でもかまいましぇん」
「どこの国の方ですか」
「わたくしの国? ははは、それは今いいません。しかしやがて自然に分りましょう。けっしてあやしい者ではありましぇん。安心して、ついてくるよろしいです」
「いや、あなたを信用することなんかできません。あな
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