て、広場をあとにした。そのとき東助がとつぜん大きな声をあげた。
「あそこに電車がとまっていますが、東京行きと書いた札をぶら下げていますよ」
「そうです。本土との間を、あの地底列車が連絡しているのです。帰りはあれに乗りましょう」
 しばらくいくと、ヒトミがおどろきの声をあげた。
「あら、あそこで売っている新聞の日附が、昭和四十三年五月となっていますわ。どうしたんでしょう」
 すると博士はにやりと笑っていった。
「そうです。今は昭和四十三年です。今や原子力時代となり、巨大な原子力が使えるから、こんな海底国の大工事も、なんの苦もなくできてしまったんです。早く死んでしまった人に、海底国の話をしても、きっとほんとうにしないでしょうね」


   力の神秘《しんぴ》


 美しいチューリップやカーネーションやヒヤシンス、ゼラニウム、シクラメンなどの花をあつめ、外をアスパラガスの葉で包んだ花束を持ったヒトミと東助が、雑草ののびた野原のまん中さしてはいっていく。
 いわずともみなさんはごぞんじ、今日は二人がポーデル博士を訪問する日だ。博士は月に一度、二人をふしぎな国に案内してくださる。先月は海底都市へ連れていってもらった。先々月は大宇宙のはてまで案内してもらった。さて今月はどんなふしぎな世界にひっぱっていってくださることだろうかと、二人は足をいそがせる。
 樽ロケットに腰をかけていたポーデル博士が立上って、二人の方へ手をふった。
「先生、こんにちは」
「先生。今日は花束をさしあげようと思って持ってまいりました」
「ほう、ほう。なかなかきれいな花です。たくさんの花です。ありがとう、ありがとう」
 ポーデル博士は、ひげをゆすって、うれしくてたまらないという風に、にこにこ顔。
「それでは、これを樽ロケットの中の花活《はないけ》にいけましょう。さあヒトミさんも東助君も、いっしょにおはいりなさい」
 みんなは、樽ロケットの中へはいった。
「先生。今日はどんなにふしぎな国へ連れていって下さるのですか」
「今日はですね、ふしぎな力の国へご案内いたします」
「ふしぎな力の国って、どんなところですの」
「みなさんは、ここにAとBと、二つの物があるとき、この二つの間に、引力《いんりょく》という力がはたらいて、たがいにひっぱりっこをしていることを知っていますか」
「引力なら、知っています」
「よろしい。その引力の法則を知っていますか。ニュートンが発見したその法則です。どうですか、東助君」
「引力の法則は、だれでも知っていなくてはならない法則だから、ぼくもよくおぼえていますよ。――二ツノ物体ノ間ノ引力ハ、ソノ二ツノ物体ノ質量ノ積《せき》ニ比例シ、二ツノ物体ノ距離ノ自乗《じじょう》ニ反比例《はんぴれい》スル。――これでいいのでしょう」
「それでよろしいです。つまり、ここに物体Aと物体Bの二つだけがあったとします。物体の間には引力がはたらくのです。その引力の大きさは、今も東助君がいったとおり、AとBの質量――これは重さのことだと考えていいのですが、大きければ大きいほど、引力は大きい。また、AとBとがどのくらいはなれているか、その距離が近ければ近いほど、引力はずっと大きい。距離が遠くなると、引力はずっと小さくなる。この距離と力の関係のことを、今日はとりあげて、おもしろい光景をお見せしますが、これはなかなか人類にとって、ありがたい法則なのであります」
「先生。今日はお話がむずかしくて、よく分りませんわ。もう一度いって下さい」
「ほう、ほう。そんなにむずかしいことありません。引力の法則などというから、むずかしく聞えますが、そんなに頭をかたくしないで、私のいうことだけ、考えてみて下さい」
「はい。そうします」
「いいですか、ヒトミさん。引力はね、物体Aと物体Bの距離の自乗に反比例するのです。ははは、それ、むずかしい顔になりました。それ、いけません――。AとBの距離が一メートルの場合と二メートルの場合と、引力は、どんなにちがうか。それを今申した法則をあてはめて、考えてみましょう。ヒトミさん、あなた計算してごらんなさい。わけなく、できます」
 ヒトミは、小首をかしげたが、おずおずと口をひらいた。
「二つの物体の距離に――いや、距離の自乗に反比例するのですから、距離が一メートルの場合は一の自乗はやはり一です。この一に反比例するんだから、分数にして、一分の一。一分の一はやはり一です」
「それから距離二メートルの場合は、どうなりますか」
「二メートルの場合は、二の自乗というと、二に二をかけることだから、二二が四で、四です。反比例だから、この四の逆数《ぎゃくすう》は、四分の一。小数にして〇・二五です。これでいいでしょうか」
「計算はいいですが、その意味はどうなりますか」
「さあ……」
「A
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