なかった。
そのかわりに――というと、ちょっとおかしいが、玄関の扉がひとりでに動きだして、ばたんとしまった。そしてかけ金が、ひとりでに動きだして、がちゃりと音をたてて懸《かか》った。
ヒトミはもちろん東助も、頭から冷水《ひやみず》をぶっかけられたように、ぞおーッとして、左右からポーデル博士にすがりついた。
「幽霊屋敷……」
「目に見えない幽霊がいるんですね。何者の幽霊ですか」
見えない人
「さわいでは、いけないね。この家のご主人に対して失礼だから」
と、博士は冷やかに二人にいった。
そのときまたもや例のふきげんな咳ばらいの声がそばで聞え、それからたしかに人間がたっているにちがいない足音が、とんとんとんと廊下を奥へ伝わっていった。が、それは足音だけのことでやっぱり姿はなかった。
「ドクター・ケンプは、いつもぶっきら棒《ぼう》にものをいう。しかし心はいい人なんだから、君たちは恐れずに、何でも質問したまえ」
博士が二人の子供に注意をあたえた。
「あ、思い出したぞ」と東助がこのとき叫んだ。
「ドクター・ケンプは透明人間なんでしょう。ねえポーデル先生」
「ドクター・ケンプといえば、透明人間にきまっているさ」
と博士は分り切ったことを聞く奴《やつ》だといわんばかりの顔をした。
「いったい彼は、どんな学問を使って、からだを見えなくすることに成功したか、それが大事なことなんだから、ぜひたずねてみたまえ」
廊下の奥の左側の扉が、ひとりでに内側へ開いた。もう二人は、前ほどおどろかなかった。そのかわり、早くケンプの前へ立って、ほんとうにドクターのからだが透明で、何も見えないのかどうかをたしかめたくなった。
「入口をまっすぐ入って、この三つの椅子に腰をかけたまえ。勝手に部屋の中を歩きまわることはごめんこうむる」
部屋の中からドクターの声がし、そして椅子が、生きているようにがたがたと肩をふり、足をふみならした。
入ってみると、この部屋はドクターの化学実験室だと見え、天井は高く、まわりの白壁は薬品がとんだと見えて茶色に汚れた所が方々にあった。まわりの壁は、薬品戸棚と、うず高くつみあげた書籍雑誌で隙間《すきま》もない。中央に大きな台があって、その上にごたごたと実験用の器具やガラス製のレトルト、ビーカー、蛇管《じゃかん》、試験管などが林のように並んでいた。三人の椅子
前へ
次へ
全63ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング