いのであった。
しばらく、息づまるような沈黙が、金博士の書斎に続いたが、やがて博士は、やおら椅子から立ち上って、室内をこつこつと歩きだした。
「ねえ、ロッセ君」
「はあ」
「わしは君に、一つのヒントを与える。砲弾の速度を、うんと低下させたら、どんなことになるか」
「射程が短縮されます。技術の退歩《たいほ》です。ナンセンスです」
「いや、わしのいっているのは、射程は、うんと長くとるのだ。ただ砲弾の速度を、極《きわ》めて遅くするのだ。そして命中率を、百パーセントに上げることが出来る。それについて、一つ考えてみたまえ。解答が出来たら、また訪ねてきなさい、わしは相談に乗ろうから」
「砲弾の速度を下げるのは、ナンセンスですが……とにかく折角《せっかく》のおすすめですから、一つ考えて来ましょう」
「そうだ。そうしたまえ。それが、うまくいくようなら、あなたの企図《きと》している英国艦隊一挙撃滅戦《えいこくかんたいいっきょげきめつせん》も、うまくいくだろう」
「えっ、なんですって」
「いや、あなたの懐中《かいちゅう》から掏《す》った財布《さいふ》をお返しするよ。これは上から届けて来たものだが、いくら暗号《あんごう》で書いてあるにしても、英艦隊撃滅作戦の書類を中に挟《はさ》んでおくなんて、不注意にも、程がある」
3
外へ出ると、ロッセ氏は、大昂奮《だいこうふん》の面持で、私を捕《とら》えて、放そうとはしなかった。
「ねえ、綿貫《わたぬき》君。われわれは、もっと語ろうではないか。素敵《すてき》なブランデーをのませる家を知っているから、これからそこへ案内しよう」
私は、初めから覚悟をしていたので、ロッセ氏のいうがままに、ついていった。
ホテル・クナンの、しずかな酒場《さかば》の片隅《かたすみ》に、ロッセ氏は、私を連れていった。
「この卓子《テーブル》は、僕の特約の席なんだ。では、お互いの健康を祝《しゅく》して……」
と、ロッセ氏は、琥珀色《こはくいろ》の液体の入ったグラスを高くさしあげて、唇へ持っていった。
「ふう、これでやっと落着いた。金博士も、ひどいところを素破《すっぱ》ぬいて、悦《よろこ》んでいるんだねえ。宿敵艦隊《しゅくてきかんたい》の一件が、あそこで曝露《ばくろ》するとは、思っていなかった」
「まあいいよ。私も、すこし独断《どくだん》だったけれど、あ
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