わめ》いた。
「た、助けてくれッ。逃げよう!」
その精神が通じたのか、いままで軒端に石のように動かなかった機械人間が、このときゴクンと揺れると、サッと半之丞の方に走りよった。
「おお、怪物!」
お妙が思わず二、三歩退く遑《いとま》に、機械人間は、半之丞を軽々と肩に担ぎあげると、ドンドン両国橋の上を駆けだした。
「ま、待てッ、卑怯者!」
お妙は死力を尽して追いかけた。しかし機械人間は、お妙の五倍もの快速で逸走したのであった。見る見るうちに、半之丞を背負った機械人間の姿は家並の陰に消えてしまった。そして後に、お妙の激しい動悸《どうき》だけが残った。
それっきり、くろがね天狗は江戸市中に出没しなくなった。
岡引虎松は唖然として其の夜の決闘を屋根の上から眺めつくしたが、漸く探索上に一道の光明を見出した。そして足跡を絶ったくろがね天狗の行方を探し求めて、町の隅々から山また山を跋渉《ばっしょう》した結果、高尾山中に半之丞の隠れ家を探しあてたけれど、肝心の半之丞も機械人間も遂に見つけることができなかった。恐らくかの二人(?)は、人間の到底足を踏みこめないような奥深い山中か、或は深い湖水の底かに、誰にも知られず朽ち果てているのであろうと思った。半之丞の真白い骸骨と、真赤に錆ついた機械人間が相重なって風雨に曝《さら》されている情景を、虎松は其の後幾度となく夢の中に見たのであった。
底本:「海野十三全集 第4巻 十八時の音楽浴」三一書房
1989(平成元)年7月15日第1版第1刷発行
初出:「逓信協会雑誌」
1936(昭和11)年10月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:土屋隆
2005年8月21日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全10ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング