恐ろしい言葉を連発しても少しも凄くも恐ろしくもない詩もあります。
 詩人は生れる――と云ふのはふるい言葉ですが、ほんとうです。すべて芸術はなによりも天分が問題です。努力は勿論、人間の仕事には付きものです。しかし、芸術の場合ではその努力と云ふものが駄目に終はる場合が随分と、多いのです。すぐれた天分のない人間の芸術いぢり程みじめな物は凡そないやうです。
 他人の批評ばかりを気にかけたり問題にしたりして、自分の作品に酔ふことも出来ず、ひとりそれを味ひ楽しみ得ることの出来ない人間は芸術家でも何でもないのでせう。
 自分の作品がどんなものであるかは自分が一番よく知つてゐる筈です。
 私は昔から自分の書いた物を一度も人に見せたり、読んでもらつたりした経験がありません。他人の尺度と云ふものが、如何なる場合にも自分の尺度にならぬことを自分が信じてゐるからです。
 勿論他人の作品の場合でも人がほめたからその作品に感服するのではなく、自分が感服したから、感服してゐるまでの話です。
 私も来年からは少し自分を静かにいたはる[#「いたはる」に傍点]生活をしたいと思つてゐます。
 私は又この三十一日に旅へ出ます
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