曲がったような位置にあった。部屋の数が九つもあって、七十五円なら貸す。それでも家賃が高過ぎると思うなら、今少しは引いてもいいと言われるほど長く空屋《あきや》になっていた古い家で、造作もよく、古風な中二階などことにおもしろくできていたが、部屋が多過ぎていまだに借り手がないとのこと。よっぽど私も心が動いて帰って来たが、一晩寝て考えた上に、自分の住居《すまい》には過ぎたものとあきらめた。
適当な借家の見当たり次第に移って行こうとしていた私の家では、障子も破れたまま、かまわずに置いてあった。それが気になるほど目について来た。せめて私は毎日ながめ暮らす身のまわりだけでも繕いたいと思って、障子の切り張りなどをしていると、そこへ次郎が来て立った。
「とうさん、障子なんか張るのかい。」
次郎はしばらくそこに立って、私のすることを見ていた。
「引っ越して行く家の障子なんか、どうでもいいのに。」
「だって、七年も雨露《あめつゆ》をしのいで来た屋根の下じゃないか。」
と私は言ってみせた。
煤《すす》けた障子の膏薬《こうやく》張りを続けながら、私はさらに言葉をつづけて、
「ホラ、この前に見て来
前へ
次へ
全82ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング