で、私は娘と一緒に家に帰りついた。私も激しい疲れの出るのを覚えて、部屋《へや》の畳の上にごろごろしながら寝てばかりいるような自分を留守居するもののそばに見つけた。
 「旦那《だんな》さん、あちらはいかがでした。」
 と、お徳が熱い茶なぞを持って来てくれると、私は太郎が山から背負《しょ》って来たという木で焚《た》いた炉にもあたり、それで沸かした風呂《ふろ》にもはいって来た話なぞをして、そこへ横になった。
 「とうさん、どうだった。」
 「思ったより太郎さんの家はいい家だったよ。しっかりとできていたよ。でも、ぜいたくな感じはすこしもなかった。森さんの寄付してくれた古い小屋なぞも裏のほうに造り足してあったよ。」
 私は次郎や三郎にもこんな話を聞かせて置いて、またそこに横になった。
 二日《ふつか》も三日《みっか》も私は寝てばかりいた。まだ半分あの山の上に身を置くような気もしていた。旅の印象は疲れた頭に残って、容易に私から離れなかった。私の目には明るい静かな部屋がある。新しい障子のそばには火鉢《ひばち》が置いてある。客が来てそこで話し込んでいる。村の校長さんという人も見えていて「太郎さんの百姓姿をまだ御覧になりませんか、なかなかようござんすよ。」と、私に言ってみせたことを思い出した。「おもしろい話もあります。太郎さんがまだ笹刈《ささが》りにも慣れない時分のことです。笹刈りと言えばこの土地でも骨の折れる仕事ですからね。あの笹刈りがあるために、他《よそ》からこの土地へおよめに来手《きて》がないと言われるくらい骨の折れる仕事ですからね。太郎さんもみんなと一緒に、威勢よくその笹刈りに出かけて行ったはよかったが、腰をさがして見ると、鎌《かま》を忘れた。大笑いしましたよ。それでも村の若い者がみんなで寄って、太郎さんに刈ってあげたそうですがね。どうして、この節の太郎さんはもうそんなことはありません。」と、その校長さんの言ったことを思い出した。そう言えば、あの村の二三の家の軒先に刈り乾《ほ》してあった笹《ささ》の葉はまだ私の目にある。あれを刈りに行くものは、腰に火縄《ひなわ》を提《さ》げ、それを蚊遣《かや》りの代わりとし、襲い来る無数の藪蚊《やぶか》と戦いながら、高い崖《がけ》の上に生《は》えているのを下から刈り取って来るという。あれは熊笹《くまざさ》というやつか。見たばかりでも恐ろしげに
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