《ふと》って丈夫そうなお霜婆さんだ。私の郷里では、このお霜婆さんの話すように、女でも「おら」だ。
「どうだなし、こんないい家ができたら、お前さまもうれしからず。」
と、今度はお菊婆さんが言い出した。無口なお霜婆さんに比べると、この人はよく話した。
「今度帰って見て、私も安心しました。」と、私は言った。「私はあの太郎さんを旦那衆《だんなしゅう》にするつもりはありません。要《い》るだけの道具はあてがう、あとは自分で働け――そのつもりです。」
「えゝ、太郎さんもその気だで。」と、お菊婆さんは炉の火のほうに気をくばりながら言った。「この焚木《たきぎ》でもなんでも、みんな自分で山から背負《しょ》っておいでるぞなし。そりゃ、お前さま、ここの家を建てるだけでも、どのくらいよく働いたかしれずか。」
炉ばたでの話は尽きなかった。
三日《みっか》目には私は嫂《あによめ》のために旧《ふる》いなじみの人を四方木屋《よもぎや》の二階に集めて、森さんのお母《かあ》さんやお菊婆さんの手料理で、みんなと一緒に久しぶりの酒でもくみかわしたいと思った。三年前に兄を見送ってからの嫂《あによめ》は、にわかに老《ふ》けて見える人であった。おそらくこれが嫂に取っての郷里の見納めであろうとも思われたからで。
私たちは炉ばたにいて順にそこへ集まって来る客を待った。嫂が旧《ふる》いなじみの人々で、三十年の昔を語り合おうとするような男の老人はもはやこの村にはいなかった。そういう老人という老人はほとんど死に絶えた。招かれて来るお客はお婆さんばかりで、腰を曲《かが》めながらはいって来る人のあとには、すこし耳も遠くなったという人の顔も見えた。隣村からわざわざ嫂や姪《めい》や私の娘を見にやって来てくれた人もあったが、私と同年ですでに幾人かの孫のあるという未亡人《みぼうじん》が、その日の客の中での年少者であった。
しかし、一同が二階に集まって見ると、このお婆さんたちの元気のいい話し声がまた私をびっくりさせた。その中でも、一番の高齢者で、いちばん元気よく見えるのは隣家のお婆さんであった。この人は酒の盃《さかずき》を前に置いて、
「どうか、まあ太郎さんにもよいおよめさんを見つけてあげたいもんだ。とうさんの御心配で、こうして家もできたし。この次ぎは、およめさんだ。そのおりには私もまたきょうのように呼んでいただきたい
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