ためである。廃藩といい、廃仏ということも、その真相は土地と人民との問題であった。この景蔵の見地よりすれば、維新の成就をめがけ新国家建設の大業に向かおうとした人たちが互いに呼吸を合わせながら出発した当時の人の心はすくなくも純粋であった。彼景蔵のような草叢《くさむら》の中にあるものでも平田一門の有志と合力し、いささかこの盛時に遭遇したものであるが、しかし維新の純粋性はそう長く続かなかった。きびしい意味から言えば、それが三年とは続かなかった。武家と僧侶との二つの大きな勢力が覆《くつがえ》されて行くころは、やがて出発当時の新鮮な気象もまた失われて行く時であった。そこには勝利があるだけだった。
 それぎり景蔵は口をつぐんで、同門の人たちのことについてもあまり多くを語ろうとはしなかった。勝重は思い出したように、
「そう言えば、浅見さん、わたしどもが明治維新の成り立ったことを知ったのは、馬籠のお師匠さまより一日ほど早かったんです。今になってわたしもいろいろなことを考えますが、あの時分はまだ子供でした。一晩寝て、目がさめて見たら、もう王政復古が来ていた――そんなことを言って、あの蜂谷《はちや》さん(故
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