生はありがたい人だって、そのお話がよく出るじゃありませんか。」
「それさ。おれもこれで、どうかすると篤胤先生を見失うことがある。篤胤先生ばかりじゃないや、あの本居宣長翁でも、おれの目には見えなくなってしまうこともある。そのたびに、おれは精神《こころ》の力を奮い起こして、ようやくここまでたどりついたようなものさ。そうだ、お粂《くめ》の言い草じゃないが、神霊《みたま》さまと一緒にいれば寂しくない。こりゃ、おれも路《みち》に迷ったかしらん。もう一度おれは勇気を出して神を守りに行かにゃならん。しかし、今夜は――お前もよいことを言ってくれた。」
その時、お民は思いついたように、下座敷の小襖《こぶすま》から薬箱を取り出して来た。その中には医師の小島|拙斎《せっさい》が調合して置いて行ってくれた薬がある。本家の母屋《もや》を借りて住む拙斎もちょうど名古屋へ出張中のころであったが、あの拙斎が馬籠を留守にする前に、もしお師匠さまに眠られないようなことがあったらあげてくれと言って、お民のもとに残して置いて行ったのがそれだ。彼女は台所の流しもとへくみ置きの清水や湯のみなぞをも取りに行って来て、その薬を夫に
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