忘[#二]民之細故[#一]者[#上]。有[#下]善察[#二]百世之後[#一]憂[#二]国家之憂[#一]者[#上]。有[#下]禁[#レ]暴戡[#レ]乱能畏[#二]服四方[#一]者[#上]。有[#下]歴[#二]記百世之事[#一]以伝[#レ]于[#二]将来[#一]者[#上]。凡事如[#レ]此。則非[#三]一身之所[#二]能為[#一]也。然則従[#二]吾所[#レ]好者[#一]乎。
[#ここで字下げ終わり]
 読みかけて、「しからばすなわち、わが好むところのものに従わんか」の最後のくだりになると、五十余年の数奇な生涯《しょうがい》が半蔵の胸に浮かんで来た。見るもの聞くもの涙の種でないものはなかったようなところすら通り越して、今は涙も流れなかった。


 その晩、半蔵は弟子を相手にして、しきりに物を書いた。静の屋ではまだ行燈《あんどん》しか用いなかったが、その燈火《あかり》では暗かったから、彼は三郎らに手燭《てしょく》を持たせ、蝋燭《ろうそく》の灯《ひ》に映る紙の上に和歌なぞを大きく、しかもいろいろに書いて遊んだ。あるものは仮名《かな》文字、あるものは真名《まな》文字というふうに。それを三郎にも益
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