、にわかに馬籠訪問を思い立った。家を出る時の彼は手にさげられるだけの酒を入れた細長い樽《たる》をもさげていた。かねて大酒のうわさのある師匠のために、陰ながら健康を案じ続けていた彼ではあるが、いざ訪《たず》ねて行こうとして、何か手土産《てみやげ》をと探《さが》す時になると、やっぱり良い酒を持って行って勧めたかった。これは落合の酒だが、馬籠の伏見屋あたりで造る酒と飲みくらべて見てもらいたいとでも言って、それを嗜《たしな》む半蔵のよろこぶ顔が見たいと思いながら彼は出かけた。勝重から見ると、元来本陣といい問屋《といや》といい庄屋《しょうや》といった人たちは祖先以来の習慣によって諸街道交通の要路に当たり、村民の上に立って地方自治の主脳の位置にもあり、もっぱら公共の事業に従って来たために、一家の経済を処理する上には欠点の多かったことは争われない。旧藩士族の人たちのためにはとにもかくにも救済の方法が立てられ、禄券《ろくけん》の恩典というものも定められたが、庄屋本陣問屋は何のうるところもない。明治維新の彼らを遇することは薄かった。今や庄屋の仕事は戸長役場に移り、問屋の仕事は中牛馬会社に変わって、ことに
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