ぜかなら、これはそのそもそもの起こりにおいて味方同志の戦争であるのだから。体内の血が逆に流れ、総身の毛筋が逆立《さかだ》つような内部の苦しい抗争であるのだから。そして、かつての官武一途も上下一和も徳川幕府を向こうに回しての一途一和であって、いったん共同の敵たる慶喜《よしのぶ》の倒れた上は味方同志の排斥と暗闘もまたやむを得ないとする国内の不一致を世界万国に向かって示したようなものであるから。よもや起《た》つまいと言われた西郷隆盛《さいごうたかもり》のような人までがたって、一万五千人からの血気にはやる子弟と運命を共にするようになった。長州の木戸孝允《きどたかよし》のごとき人はそれを言って、西郷ありてこそ自分らも薩摩《さつま》と合力《ごうりき》し、いささか維新の盛時にも遭遇したものであるのに、と地団駄《じだんだ》を踏んだ。この隆盛の進退はよくよく孝允にも惜しまれたと見えて、人は短所よりむしろ長所で身を誤る、西郷老人もまた長ずるところをもって一朝の憤りに迷い末路を誤るのは実に残念千万であると言ったという。開戦は十年二月|晦日《みそか》であった。薩摩方も予想外に強く、官軍は始終大苦戦で、開戦後四
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