らえたのであった。
木曾路《きそじ》は明治十二年の初夏を迎えたころで、ホルサムのような内地の旅に慣れないものにとっても快い季節であった。ただこの旧《ふる》い街道筋を通過した西洋人もこれまでごくまれであったために、異国の風俗はとかく山家の人たちの目をひきやすくて、その点にかけては旅の煩《わずら》いとなることも多かった。これほど万国交際の時勢になっても、木曾あたりにはまだ婦人同伴の西洋人というものを初めて見るという人もある。それ異人の夫婦が来たと言って、ぞろぞろついて来る村の子供らはホルサムが行く先にあった。この彼が馬籠の旅籠屋の前で馬からおりて、ここは木曾路の西のはずれに当たると聞き、信濃と美濃の国境にも近いと聞き、眺《なが》めをほしいままにするために双眼鏡なぞを取り出して、恵那山《えなさん》の裾野《すその》の方にひらけた高原を望もうとした時は、顔をのぞきに来るもの、うわさし合うもの、異国の風俗をめずらしがるもの、周囲は目を円《まる》くしたおとなや子供でとりまかれてしまった。あまりのうるささに、彼は街道風な出格子《でごうし》の二階の見える旅籠屋の入り口をさして逃げ込んだくらいだ。
ホ
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