、おれは今、そんなことを聞いてるんじゃない。つまり、どうすればいいかッて聞いてるんさ。」
「ですから、お里さんの言うには、まだ御祝言《ごしゅうげん》には間もあることだし、そのうちにはお粂の気も変わるだろうから、もうすこし様子を見るがいいと言うんですよ。そうはっきりした考えがお粂の年ごろにあるもんじゃない。お里さんはその意見です。気に入った小袖《こそで》でも造ってくれてごらん、それが娘には何よりだッて、おばあさんも言っていました。」
 そんな話から、お民は娘のためにどんな着物を選ぼうかの相談に移って行った。幸い京都|麩屋町《ふやまち》の伊勢久《いせきゅう》は年来懇意にする染め物屋であり、あそこの養子も注文取りに美濃路《みのじ》を上って来るころであるから、それまでにあつらえる品をそろえて置きたいと言った。どんな染め模様を選んだら、娘にも似合って、すでに結納《ゆいのう》の品々まで送って来ている南殿村の人たちによろこんでもらえるだろうかなぞの相談も出た。
「そういうこまかいことは、お母《っか》さんやお前によろしく頼む。」
「あなたはそれだもの。なんにもあなたは相談してくださらない。」
「そんな
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