の来たことは、それを考えたばかりでも彼には夢のような気さえした。
飛騨の山とは、遠い。しかし日ごろの願いとする斎《いつき》の道が踏める。それに心を動かされて半蔵は多吉の家に引き返した。動揺して定まりのなかった彼も大いに心を安んずる時がありそうにも思われて来た。とりあえず、その話を簡単に多吉の耳に入れて置いて、やがてその足で彼は二階の梯子段《はしごだん》を上って行って見た。夕日は部屋《へや》に満ちていた。何はともあれ、というふうに、彼は恭順から借りて来た友人の日記を机の上にひろげて、一通りざっと目を通した。「東行日記、巳《み》五月、蜂谷香蔵」とある。鉄胤先生もまだ元気いっぱいであった明治二年のことがその中に出て来た。同門の故人|野城広助《のしろひろすけ》のために霊祭をすると言って、若菜基助《わかなもとすけ》の主催で、二十余人のものが集まった記事なぞも出て来た。その席に参列した先輩師岡正胤は当時|弾正大巡察《だんじょうだいじゅんさつ》であり、権田直助は大学|中博士《ちゅうはかせ》であり、三輪田元綱《みわたもとつな》は大学|少丞《しょうじょう》であった。婦人ながらに国学者の運動に加わって文
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