磨《だるま》の画像を友として来たような人が松雲だ。毎朝早くの洗面さえもが、この人には道を修めることで、法鼓《ほうこ》、諷経《ふうぎん》等の朝課の勤めも、払暁《ふつぎょう》に自ら鐘楼に上って大鐘をつき鳴らすことも、その日その日をみたして行こうとする修道の心からであった。一日成さなければ一日食うまい、とは百丈禅師のような古大徳がこの人に教えた言葉だ。仏餉《ぶっしょう》、献鉢《けんばち》、献燈、献花、位牌堂《いはいどう》の回向《えこう》、大般若《だいはんにゃ》の修行、徒弟僧の養成、墓|掃除《そうじ》、皆そのとおり、長い経験から、ずいぶんこまかいところまでこの人も気を配って来た。たとえば、毎年正月の八日には馬籠仲町にある檀家《だんか》の姉様《あねさま》たちが仏参を兼ねての年玉に来る、その時寺では十人あまりへ胡桃餅《くるみもち》を出す、早朝から風呂《ふろ》を焚《た》く、あとで出す茶漬《ちゃづ》けの菜《さい》には煮豆に冬菜のひたしぐらいでよろしの類《たぐい》だ。寺は精舎《しょうじゃ》とも、清浄地とも言わるるところから思いついて、明治二年のころよりぽつぽつ万福寺の裏山を庭に取り入れ、そこに石を運んだ
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