らないことがある。」
「まあ、半蔵さんがあんなことになろうとはだれも思わなかったッて、妻籠の伯父《おじ》さんもそう言っておいででした。お酒がすこしいき過ぎましたねえ。」
とお粂も答えて、母と共に嘆息した。
隣家伏見屋の酒店に番頭格として働いている清助がそこへ顔を見せた。新酒売り出しのころにもかかわらず、昔を忘れない清助はそのいそがしいなかにわずかの間を見つけ、裏づたいに酒蔵を回っては青山方の木小屋へ見回りに来る。お粂の着いたことも清助は佐吉から聞いて来たという。
「いやはや、今度という今度はわたしも弱りました。粂さまは何も御存じないでしょうが、亀屋《かめや》(栄吉のこと)と二人で憎まれ役でさ。お師匠さまにはあの隠宅もありますし、これがただの気鬱症《きうつしょう》か何かなら、だれもあんな暗いところへお師匠さまを入れたかありません。お寺へ火をつけるようなことがあったものですから、それから大《おお》やかまし。おまけに、ちょうど馬籠の祭礼の最中で、皆あわててしまいましたわい。」
清助は清助らしいことをかき口説《くど》いた。薬の力で父がぐっすり眠っているという間、お粂は裏二階に足を休めたが、やがて母や清助に伴われながら木小屋の方への降り口にある深い井戸について、土蔵のそばの石段を降りた。
北と西は木戸だ。三棟《みむね》ある建物のうしろには竹の大藪《おおやぶ》がめぐらしてあって、東南の方角にあたる石垣《いしがき》の上には母屋《もや》の屋根が見上げるほど高い位置にある。これが馬籠旧本陣の裏側にあたるところで、石垣のすぐ下に掘ってある池も深い。武家と公役との宿泊や休息の場処に当てられた昔は、いざと言えば裏口へ抜けられる後方の設備の用心深さを語るかのような、古い陣屋風の意匠がそこに残っている。
三棟ある建物のうち、その二棟は米倉として使用し来たったところであり、それに連なる一棟が木小屋である。小屋とは言いながら、そこは二階建ての古い建物で、間口も広く造ってある。中央の土間もかなり広く取ってある。下男の佐吉が長いこと自分の世界として働いて来たのもそこで、山から背負って来る薪《まき》、松葉の類は皆その小屋に積まれ、藁《わら》もそこにたくわえられた。父半蔵の座敷牢はそんな竹の大藪を背後《うしろ》にしたところに隠れていた。
お粂は母と共に、清助が隣家の方へ裏づたいに帰って行く
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