を狭苦しい都会の町中に置いて見ると、いたずらもはげしくて、最初のうちは近所の家々から尻《しり》の来るのにも困ったという。和助の世話をし始めたばかりのころは、お婆さん霜焼けが痛いと言って泣き出すほどの子供で、そのたびにそばに寝ているお婆さんが夜中でも起きて、蒲団《ふとん》の上から寒さに腫《は》れた足をたたいてやったこともあるとか。でも、日に日に延びて行く子供の生長は驚くばかり、主人はじめ末頼もしく思っているから、そんなに心配してくれるなという話も出た。そこは普通の住宅としても間取りの具合なぞは割合に奥行き深く造られてある。中央に廊下がある。高い明り窓は土蔵造りの屋内へ光線を導くようになっている。飼われている一匹の狆《ちん》もあって、田舎《いなか》からの珍客をさもめずらしがるかのように、ちいさなからだと滑稽《こっけい》な面貌《かおつき》とで廊下のところをあちこちと走り回っている。それも和助の友だちかとみて取りながら、半蔵は導かれて奥の二階の部屋に上がり、数日の間、野口方に滞在する旅の身ともなった。半蔵のそばへ来る和助は父が顔の形の変わったことにも驚かされたというふうで、どこでそんなに髪を短くしたかと尋ね、お父さんも開けて来たと言わないばかりの生意気《なまいき》ざかりな年ごろになっていた。子供はおかしなもので、半蔵が外出でもしようとする前に旅行用の小さな鏡の桐《きり》の箱にはいったのを取り出すと、すぐそれに目をつけ、お父さん、男が鏡を見るんですかと尋ねるから、そりゃ男だって見る、ことに旅に来ては鏡を見て容儀を正しくしなければならないと彼が答えたこともある。彼は和助の通う学校も見たく、その学校友だちをも見たい。子弟の教育に熱心な彼は邪魔にならない程度にその学窓の周囲をも見て行きたい。そこで、ある日、彼は和助に案内させてうわさにのみ聞く数寄屋橋《すきやばし》わきの小学校へと足を向けた。ちょうど休日で、当時どの校舎でも高く掲げた校旗も見られず、先生方にもあえず、余念もなく庭に遊び戯るる男女の生徒らが声をも聞かれなかったが、卒業に近い課程を和助が学び修めているという教場の窓を赤煉瓦《あかれんが》の建物の二階の一角に望むことはできた。思い出の深い常磐橋《ときわばし》の下の方まで続いて行っている堀《ほり》の水は彼の目にある。彼はその河岸《かし》を往復する生徒らがつまずきそうな石のある
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