からかすようなことを言う。ない、ないと言ったって、おれが宗太にこの家を譲る時には、七十俵の米ははいったはずだ。みんな失《な》くしてしまうのはだれだ。たわけめ。」
 かつて宗太を責めたことのない半蔵も、その時ばかりは癇癪《かんしゃく》を破裂させてしまった。ひらめき発する金色な物の象《かたち》はとらえがたい火花のように、その彼の目の前に入り乱れた。
 どうしたはずみからか、と言って見ることもできなかったが、留め役にはいったお民のさしている細い銀のかんざしが飛んで、彼女が左の眉《まゆ》の下を傷つけたのもその際である。彼女の顔からは血が流れた。何かの消えないしるしのように、小さな痣《あざ》のような黒い斑点《はんてん》が彼女の顔に残ったのも、またその際である。やがて宗太の部屋を出てからも、半蔵が興奮は容易にやまなかった。彼は自分ながら、自分とも思われないような声の出たのにもあきれた。そういう一時の憤りや悲しみの沈まって行く時を迎えて見ると、彼は子ばかりをそう責められない。十八歳の若者でしかなかった宗太に跡目相続させたほどの、古い青山の家には用のないような人間であったその彼自身のつたなさ、愚かさを責めねばならない。彼は妻の前に手をついて、あやまって彼女を傷つけたことのわびを言い、自分で自分の性質を羞《は》じなければならないようなことも起こって来た。
 父子別居の話が追い追いと具体化して来ると、一層隠居のわびしさが半蔵の身にしみた。親戚旧知一同の協議の上、彼の方から宗太あてに差し出すべき誓約書とは、次のような文面のものである。それもまた栄吉や清助の立案によるものである。
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    誓約書
一、今回大借につき家政改革、永遠維持の方法を設くるについては、左の件々を確守すべき事。
一、家法改革につき隠宅に居住いたすべき事。
一、衣食住のほか、毎月金一円ずつ小使金として相渡さるべき事。
一、隠宅居住の上は、本家家務上につき万事決して助言等申すまじき事。その許《もと》の存念より出《い》づる儀につき、かれこれ異議なきはもちろんの事。
一、隠宅居住の上は、他より金銭借り入れ本家に迷惑相かけ候《そうろう》ようの儀、決していたすまじき事。
一、家のために親戚の諫《いさ》めを用い我意を主張すべからざる事。
一、飲酒五勺に限る事。
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