るで別人のようであった。彼女は若い日のことを思い出したように、そんなところにいつまでも隠れて、娘時代の記憶のある草木の深い坪庭をながめていたから、思わずもらす低い声がなかったら、半蔵なぞはそこに人があるとも気づかなかったくらいだった。その晩、彼女は両親のそばに寝て話したいと言うから、店座敷の狭いところに三人|枕《まくら》を並べたが、おそくまで母親に話しかける彼女の声は尽きることを知らないかのよう。半蔵が一眠りして、目をさますと、ぼそ/\ぼそ/\語り合う女の声がまだ隣から聞こえていた。
お粂のいう「寝てからでなければ話せない話」を通して、半蔵が自分の娘の身の上を知るようになったのも、そんな明けやすい夏の一夜からであった。もしお粂が旦那の酒の相手でもして唄《うた》の一つも歌うような女であったらとは、彼女自身の小さな胸の中によく思い浮かべることであるとか。旦那は植松のような家に生まれながら、どうしてそんなひそかな戯れ事の秘密を知ったろうと思われるほどの人で、そのお粂の驚きは彼女がささげようとする身を無慙《むざん》にも踏みにじるようなものであり、ただ旦那が情にもろいとかなんとかの言葉で片づけてしまえないものであったという。しかし彼女はそのために旦那|一人《ひとり》を責められなかった。旦那の友だちは皆、当時流行の猟虎《らっこ》の帽子をかぶり、羽《は》ぶりのよい官員や実業家と肩をならべて、権妻《ごんさい》でも蓄《たくわ》えることを男の見栄《みえ》のように競い合う人たちだからであった。東京の方に暮らした間、旦那はよく名高い作者の手に成った政治小説や柳橋新誌《りゅうきょうしんし》などを懐中《ふところ》にして、恋しい風の吹く柳橋《やなぎばし》の方へと足を向けた。しまいにはお粂はそれを旦那の病気とさえ考えるようになった。あだかも夏の夜の灯《ひ》をめがけて飛ぶ虫のように、たのしみを追うことに打ちこむ旦那のたましいの前には、なにものもそれをさえぎる力はなかった。旦那も金につまった時は、お粂の着物を質屋に預けさせてまでそれをやめなかった。彼女はやかましい姑《しゅうとめ》には内証で、旦那があるなじみの芸者に生ませた子の始末をしたこともある。その時になってもまだ彼女は男というものを信じ、その誠実を信じ、やさしい言葉の一つも旦那からかけられれば昨日までのことは忘れて、また永《なが》い遠い夫を心あ
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