たしは本陣へお寄り申して来ました。半蔵さんは病人に付きッきりで、もう三晩も四晩も眠らないそうです。今夜もあの人は徹夜でしょう。」
 伊之助はそれを養父に言って見せ、やがて山村家のお払い物を金兵衛の枕もとに置いて、平兵衛の話をそこへ持ち出した。これはどうしたものか、とその相談をも持ちかけた。
「伊之助、そんなことまでこのおれに相談しなくてもいいぞ。」
 と言いながらも、金兵衛は蒲団《ふとん》から畳の上へすこし乗り出した。平常から土蔵の前の梨《なし》の木に紙袋をかぶせて置いて、大風に落ちた三つの梨のうちで、一番大きな梨の目方が百三匁、ほかの二つは六十五匁ずつあったというような人がそこへ頭を持ち上げた。
「お父さん、ちょっとこの行燈《あんどん》を借りますよ。よく見えるところへ掛けて見ましょう。」
 伊之助は代官の生活を連想させるような幅をその部屋の床の間に掛けて見せた。竹に蘭《らん》をあしらって、その間に遊んでいる五羽の鶏を描き出したものが壁の上にかかった。それは権威の高い人の末路を語るかのような一幅の花鳥の絵である。過去二百何十年にもわたってこの木曾谷を支配し、要害無双の関門と言われた木曾福島の関所を預かって来たあの旦那様にも、もはや大勢《たいせい》のいかんともしがたいことを知る時が来て、太政官《だじょうかん》からの御達《おたっ》しや総督府からの催促にやむなく江戸屋敷を引き揚げた紀州方なぞと同じように、いよいよ徳川氏と運命を共にするであろうかと思わせるようなお払い物である。
「どれ、一つ拝見するか。」
 金兵衛は寝ながらながめていられない。彼は寝床を離れて、寝衣《ねまき》の上に袷羽織《あわせばおり》を重ね、床の間の方へはって行った。老いてはいるが、しかしはっきりした目で、行燈のあかりに映るその掛け物を伊之助と一緒に拝見に行った。彼は福島の旦那様の前へでも出たように、まず平身低頭の態度をとった。それからながめた。濃い、淡い、さまざまな彩色の中には、夜のことで隠れる色もあり、時代がついて変色した部分もある。
「長くお世話になった旦那様に、金でお別れを告げるようで、なんだか水臭いな。水臭いが、これも時世だ。伊之助――品はよく改めて見ろよ。」
「お父さん、ここに落款《らっかん》が宗紫山《そうしざん》としてありますね。」
「これはシナ人の筆だろうか、どうも宗紫山とは聞いたことがな
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