ません。谷中の農兵は福島の武士に連れられて行きましたが、どうも行く先が案じられると言うんです。そんなところにも動揺が起こって来る、流言は飛ぶ――」
「や、わたしはまた、田圃《たんぼ》や畠《はたけ》が荒れて、その方で百姓が難渋するだろうとばかり思っていました。」
「無論、それもありましょう。しまいには毎日毎日、村中の百姓と宿役人仲間との寄り合いです。あの庄助さんなぞも中にはさまって弱ってました。先月の二十六日――あれは麦の片づく時分でしたが、とうとう福島のお役所からお役人に出張してもらいまして、その時も大評定《だいひょうじょう》。どうしても農兵は戻してもらいたい、そのことはお役人も承知して帰りました。それからわずか三日目があの百姓|一揆《いっき》の騒ぎです。」
「どうも、えらいことをやってくれましたよ。わたしも落合の稲葉屋《いなばや》へ寄って、あそこで大体の様子を聞いて来ました。伊之助さんも中津川までかけつけてくれたそうですね。」
「えゝ。それがまた、大まごつき。こちらは彦根様お泊まりの日でしょう。武士から人足まで御同勢五百人からのしたくで、宿内は上を下への混雑と来てましょう。新政府の官札は不渡りでないまでも半額にしか通用しないし、今までどおりの雇い銭の極《き》めじゃ人足は出て来ないし……でも、捨て置くべき場合じゃないと思いましたから、宿内のことは九郎兵衛(問屋)さんなぞによく頼んで置いて、早速《さっそく》福島のお役所へ飛脚を走らせる、それから半分夢中で落合までかけて行きました。その翌日の晩は、中津川に集まった年寄役仲間で寄り合いをつけて、騒動のしずまったところを見届けて置いて、家へ帰って来た時分にはもう夜が明けました。」
 思わず半蔵は旅の疲れも忘れて、その店座敷に時を送った。格子先の簾《すだれ》をつたうかすかな風も次第に冷え冷えとして来る。
「どうも、なんとも申し訳がない。」と言って、半蔵は留守中の礼を述べながらたち上がった。「こんな一揆の起こるまで、あの庄助さんも気がつかずにいたものでしょうか。」
「そりゃ、半蔵さん、笹屋《ささや》だって知りますまい。あれで笹屋は自分で作る方の農ですから。」
「わたしは兼吉や桑作でも呼んで聞いて見ます。わたしの家には先祖の代から出入りする百姓が十三人もある。吾家《うち》へ嫁に来た人について美濃から移住したような、そんな関係のもの
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