った。もっとも、これは馬籠の場合ばかりでなく、越後表の歩役が長引くようであっては各村とも難渋するからと言って、木曾谷中一同が申し合わせ、農兵呼び戻《もど》しのことを木曾福島のお役所へ訴えたのは、同じ月の二十日のことであったが。
 しばらく郷里を留守にした半蔵には、こんなことも心にかかった。中津川の小野三郎兵衛が尾州藩への嘆願書のうちには、百姓仲間が難渋する理由の一つとして、この農兵の歩役があげてあったことを思い出した。何よりもまず伏見屋の伊之助にあって、村全体の留守を預かっていてくれたような隣家の主人から、その後の様子を聞きたい。その考えから彼は腰を持ち上げた。平兵衛と共に社頭の鳥居のそばを離れた。
 荒町は馬籠の宿内の小名《こな》で、路傍《みちばた》にあらわれた岩石の多い橋詰《はしづめ》の辺を間に置いて、馬籠の本宿にかかる。なだらかな谷間を走って来る水は街道を横切って、さらに深い谿《たに》へと落ちて行っている。半蔵らが帰って来た道は、石屋の坂のあたりで馬籠の町内の入り口にかかる。そのあたりの農家で旅籠屋《はたごや》を兼ねない家はなかったくらいのところだ。


「平兵衛さ、今お帰りか。」
「そうよなし。」
「お前は何をしていたい。」
 石屋の坂を登りきったところで、平兵衛は上町の方から降りて来る笹屋《ささや》の庄助《しょうすけ》にあった。庄助は正直一徹な馬籠村の組頭《くみがしら》だ。
 坂になった宿内を貫く街道は道幅とてもそう広くない。旅人はみなそこを行き過ぎる。一里も二里もある山林の方から杉の皮を背負《しょ》って村へ帰って来る男もある。庄助は往来《ゆきき》の人の邪魔にならない街道の片すみへ平兵衛を呼んだ。その時は、一緒にそこまで帰って来た半蔵の方が平兵衛よりすこしおくれた。
「平兵衛さ、おれはもうお留守居は懲り懲りしたよ。」庄助が言い出す。「かんじんの半蔵さまがいないところへ持って来て、お前まで、のんきな旅だ。」
 その時、平兵衛は笠《かさ》の紐《ひも》をといて、相手の顔をながめた。同じ組頭仲間でも、相手は馬籠の百姓総代という格で、伏見屋その他の年寄役と共に会所に詰め、宿内一切の相談にあずかっている。平兵衛も日ごろから、この庄助には一目置いている。
「いや、はや、」とまた庄助が言った。「先月の二十六日には農兵呼び戻しの件で、福島のお役所からはお役人が御出張になる。
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