に寄っていただいても、なんにもございませんよ。」と勝重の母親は半蔵に言って、供の男の方をも見て、
「平兵衛さ、お前もここで御相伴《ごしょうばん》しよや。」
「いえ、おれは台所の方へ行って頂《いただ》く。」
 と言いながら、平兵衛は自分の前に置かれた膳を持って、台所の方へと引きさがった。
 勝重は若々しい目つきをして、半蔵と父親の顔を見比べ、箸《はし》を取りあげながらも、話した。「この尾州領に一揆が起こったなんて今までわたしは聞いたこともない。」
「それがさ。半蔵さんも御承知のとおりに、尾州藩じゃよく尽くしましたからね。」と儀十郎が言って見せる。
「お父《とっ》さん――問屋や名主を目の敵《かたき》にして、一揆の起こるということがあるんでしょうか。」と勝重が言った。
「そりゃ、あるさ。他の土地へ行ってごらん、ずいぶんいろいろな問屋がある。百姓は草履《ぞうり》を脱がなければそこの家の前を通れなかったような問屋もある。草履も脱がないようなやつは、お目ざわりだ、そういうことを言ったものだ。いばったものさね。ところが、お前、この御一新だろう。世の中が変わるとすぐ打ちこわしに出かけて行った百姓仲間があると言うぜ。なんでも平常《ふだん》出入りの百姓が一番先に立って、闇《やみ》の晩に風呂敷《ふろしき》で顔を包んで行って、問屋の家の戸障子と言わず、押入れと言わず、手当たり次第に破り散らして、庭の植木まで根こぎにしたとかいう話を聞いたこともあるよ。この地方にはそれほど百姓仲間から目の敵《かたき》にされるようなものはない。現在宿役人を勤めてるものは、大概この地方に人望のある旧家ばかりだからね。」
 儀十郎は無造作に笑って、半蔵の方を見ながらさらに言葉をつづけた。
「しかし、今度の一揆じゃ、中津川辺の大店《おおだな》の中には多少用心した家もあるようです。そりゃ、こんな騒ぎをおっぱじめた百姓仲間ばかりとがめられません。大きい町人の中には、内々《ないない》米の買い占めをやってるものがあるなんて、そんな評判も立ちましたからね。まあ、この一揆を掘って見たら、いろいろなものが出て来ましょう。何から何まで新規まき直しで、こんな財政上の御改革が過激なためかと言えば、そうばかりも言えない。世の中の変わり目には、人の心も動揺しましょうからね。なにしろ、あなた、千人以上からの百姓の集まりでしょう。みんな気が立っ
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