》の裏口から飛んで来る。奥深い入り口の土間のところで、半蔵も平兵衛も旅の草鞋《わらじ》の紐《ひも》をとき、休息の時を送らせてもらうことにした。
しばらくぶりで半蔵の目に映る勝重は、その年の春から新婚の生活にはいり、青々とした月代《さかやき》もよく似合って見える青年のさかりである。半蔵は今度の旅で、落合にも縁故の深い宮川寛斎の墓を伊勢の今北山に訪《たず》ねたことを勝重に語り、全国三千余人の門人を率いる平田|鉄胤《かねたね》をも京都の方で見て来たことを語った。それらの先輩のうわさは勝重をもよろこばせたからで。
稲葉屋では、囲炉裏ばたに続いて畳の敷いてあるところも広い。そこは応接間のかわりでもあり、奥座敷へ通るものが待ち合わすべき場処でもある。しばらく待つうちに、勝重の母親が半蔵らのところへ挨拶《あいさつ》に来た。めっきり鬢髪《びんぱつ》も白くなり、起居振舞《たちいふるまい》は名古屋人に似て、しかも容貌《ようぼう》はどこか山国の人にも近い感じのする主人公が、続いて半蔵らを迎えてくれる。その人が勝重の父親だ。落合宿の年寄役として、半蔵よりもむしろ彼の父吉左衛門に交わりのある儀十郎だ。
「あなたがたは今、京都からお帰り。それは、それは。」と儀十郎が言った。「勝重のやつもあなたのおうわさばかり。あれが御祝言の前に、わざわざあなたにお越しを願って、元服の式をしていただいたことは、どれほどあれにはうれしかったかしれません。これはお師匠さまに揚げていただいた髪だなんて、今だによろこんでいまして。」
儀十郎はその時、裏口の方から顔を出した下男を呼んで、勝重が若い妻に客のあることを知らせるようにと言い付けた。
「よめも今、裏の方へ行って茄子《なす》を漬《つ》けています――よめにもあってやっていただきたい。」
こんな話の出ているところへ、勝重の母親が言葉を添えて、
「あなた、奥へ御案内したら。」
「じゃ、そうしようか。半蔵さんもお急ぎだろうが、茶を一つ差し上げたい。」
とまた儀十郎が言った。
やがて半蔵が平兵衛と共に案内されて行ったところは、二間《ふたま》続きの奥まった座敷だ。次ぎの部屋《へや》の方の片すみによせて故人|蘭渓《らんけい》の筆になった絵屏風《えびょうぶ》なぞが立て回してある。半蔵らもこの落合の宿まで帰って来ると、峠一つ越せば木曾の西のはずれへ出られる。美濃派の俳諧
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